インタビュー

大日本印刷が実践する生成AI活用戦略:2200以上のユースケースと社内浸透の秘訣

2024年8月20日に、業務やビジネスにおける生成AI活用方法を、実際に導入している企業などから学ぶ「生成AI活用勉強会」が開催されました。今回は大日本印刷株式会社 情報イノベーション事業部 ICTセンター ICTDX本部 DX推進部 部長・和田 剛さんをゲストスピーカーにお招きし、その背景や活用事例、今後の展望を語っていただきました。

大日本印刷株式会社(以下、DNP)では、2023年から生成AIの利用環境を提供。国内外のグループ全社員が安心かつ安全に利用できる環境整備、顧客との新たな共創の形を模索する「DNP生成AIラボ・東京」の設立・運営など、生成AI活用を強力に推進しています。

国内外のグループ社員が生成AIを利用できる環境整備

DNPは2023年の5月から、「Azure OpenAI Service」上でChatGPTを利用できる環境を、およそ3万人いるグループ全社員に提供しています。広く社員の生成AIの利用を促すため、利用ガイドラインの策定、全社員を対象にした生成AIの研修、生成AI活用のアイデア出しのためアイディアやハッカソンなども行っています。

並行して、「DNPグループAI倫理方針」を策定。社内の業務だけでなく、顧客などに提供している各種サービスにも積極的に生成AIを活用していく方針を社内外に発信しました。

生成AIの社内定着化においては、利用環境だけ提供するのではなく、使い方を教えること。社内のいろいろな関係者を巻き込んで、ともに勉強しながら進めていくこと。そのための風土作りを大事にしてきました。一方で、生成AIを安心・安全に利用できる環境を整えることで、自由にお互いが学び合い、学んだことを共有し合えるコミュニティが形成されると思います。また、その中で情報を交換し合い、アイデアを出し合うマインドが醸成されれば、社内での定着が一気に進むのではないかと考えています。

ユースケースをディスカッション・体験できる「DNP生成AIラボ・東京」

2023年12月、DNPは「“知る”だけでなく“感じる”、“感じる”だけでなく“考える”、“考える”だけでなく“作ってみる”、生成AIの“可能性”を“動くカタチ”にする。」をコンセプトに掲げて「DNP生成AIラボ・東京」を設立。グループ社員と顧客が、生成AIの活用方法やアイデアをディスカッションしたり、アイデアのプロトタイピングを行ったりする場として運営しています。既に250社近い顧客の利用があります。本日のタイトルにある「1,000個のユースケース」は、オープンして117日目、およそ3ヶ月で到達した数字です。多様な業種、業界の生成AIのユースケース(使用事例・用途例)が体験できます。

通常の研究開発にかかる、検証までのリードタイムが短いのが、このラボの特性です。不確実性がある新しい技術でも、何ができるのかを高速で実証していく。出来上がったものに対して効果が見出された場合には、そのまま価値検証、実証実験に移行しています。顧客接点から離れた郊外に研究所を置いているケースが多い中、研究施設と顧客接点を同じ場所に置くことによって生まれる化学反応を実験しています。

DNP生成AIラボ・東京は、8人の専任メンバーに加えて、生成AIに興味がある社員や業務に何らかの関わりがある社員で構成された全社横断のTeamsコミュニティが支えています。生成AIを活用したアイデアを投稿したり、現場のメンバーから経営層までフラットに意見交換したりする場になっており、生成AIラボの専任のメンバーが中心となって実装していって、それをもとにDNPの顧客とディスカッションしながら、違う使い方を新しいアイデアとして増やしていくサイクルを回しています。2,200のユースケースアイデアのうち、約半数が業務効率化です。

高速プロトタイピングを支える、ノーコード開発とDX人材教育

DNPでは高速プロトタイピングを実現するために、「AppSheet」を中心にさまざまなノーコード開発ツールやローコードツールを活用しています。生成AIラボの専任担当者だけでは、全てのユースケースアイデアを形にするのは難しいので、ノーコード開発ツールを使った社内ハンズオンを実施。受講者のうち61%は開発未経験者で、2時間のハンズオン後、生成AIを使ったスマートフォンアプリが簡単に作成できるようになっています。

受講生からは「思ったよりも簡単だ」「面白い」などの意見が寄せられ、受講生だった人が次の回では講師を務めるといったことも起きています。ノーコード開発ツールを学ぶことで、「自分で作ってみよう」という意志の醸成につなげています。

子供の絵本から保守点検まで〜多彩な生成AI活用事例〜

DNP生成AIラボ・東京には、顧客との共創などで生まれた、アイデアレベルのユースケースを具現化した多様なデモが用意されています。2024年8月現在、2,200個のユースケースがあり、このうち170個のユースケースのデモンストレーションを体験可能です。

動くユースケースの代表例

生成AIを使って、生成AIが持つ創造性を発揮したものから、実務に活用可能なものまで、さまざまなユースケースが展示されています。

・会議があった時に、トランスクリプトファイルをアップロードすると、すぐに議事録が生成される
・子供が描いたイラストをもとに絵本のストーリーを考えてくれる

・キーワードを入れるとスライドショーみたいな動画が自動で生成されたり、既存のデザインからキーワードを入力しただけで新しいデザインができる
・オルゴールのハンドルを回すと、生成AIによって作成された子供向けの物語が流れる(内容は毎回異なる)
・動画から手順書を自動生成


・かかってきた内容に対して生成AIが感情分析などを行い、電話のオペレーターが回答する内容をアドバイス

ユースケースから発展したアプリケーションの例

ユースケースの実装化の過程で、実際にアプリケーションになった3つの例をご紹介します。

落とし物の届け出促進アプリ

忘れ物の写真を撮ると、「マウス=ネズミっぽいキャラクター」といった忘れ物にちなんで生成されたキャラクターを、届け出た後にダウンロードできるアプリ。キャラクターはアプリ上でコレクション可能。

ペットボトルのリサイクル促進アプリ

スーパーの店頭にあるゴミ箱に入れる時に、ペットボトルの写真を撮ると、モンスターのキャラクターが生成されてダウンロードできるアプリ

マンホールの保守点検アプリ

公園の遊具やマンホールの写真をアップすると、送られてきた写真から着想されるキャラクターが生成されるアプリ。住民は気づかないうちに保守業者のサポートをしていることになり、今まで特定の業者しかできなかった業務に、「市民参加+キャラクター集め」という視点を加えたことにより、楽しみながら地域活動できる

日本語文書の構造化技術

社内で生成AIを積極的に活用され、生成AIのユースケースが次々と創出されていく中で、「自社の多様なデータを学習し、社内からの問い合わせに対応可能なAIを作ってほしい」といったニーズが寄せられるようになりました。そこで、ChatGPTを介して、社内のデータベースに登録した情報を検索できる、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)と呼ばれる仕組みを構築しました。

文書はタイトル、本文、図、表で構成されていますが、そのままだと文字も数字も全て生成AIが文章の塊として理解してしまうので、正しい回答が得られません。「ドキュメント構造化AI」は日本語で書かれた文書内の文章、表や図、数字の列を生成AIが正しく認識し回答する技術で、ディープラーニングを使って、文書のレイアウトから構造を理解させ、タグ付けします。

文書内の表をOCRに読み取らせると、行の数字と列の数字が混ざってしまい、OCRに認識させる前の表と比較する手間が発生します。こうした表組の認識に関しても、問い合わせに対して正しく結果を返す仕組みを構築しています。

文書の構造化により、社内の文書に関する回答システム構築の際に、高精度の検索結果を出せるようになりました。データベースに登録された社内の各種文書(PDF形式)を生成AIが学習しやすいように成形することで、情報の再利用が簡単にできるようになりました。

この仕組みを応用して、特許取得時にアップロードした資料からキーワードを抽出し、過去の取得済みの特許を調査する「先願特許調査」、PDFファイル・Webサイト要約機能などを提供。利用シーンに合わせていろいろな生成AIを取り入れた社内アプリケーションを作成したことで、結果的にChatGPTをはじめとした生成AI活用を全社で実現しています。

生成AIとともに歩む道のこれから

多くの人に生成AIの魅力を体感してもらえるよう、JR大阪駅に直結しているナレッジキャピタル「The Lab.」のアクティブラボ内にDNPのブースを設け、生成AIオルゴールやおみくじ、AI間違い探しといったコンテンツを展示。月間で1万2,000人の利用があり、ブース利用を通じて得られた利用者の声は、生成AIに関する事業に反映していく予定です。

DNPは、人でなくても対応可能な業務に生成AIを活用し、それにより得られた時間を、自己研鑽のための時間に充てることで、人間でなければできない領域にスキルやリソースを集中させ、新しい価値を創造することを目指しています。これにより、人と生成AIが共創する世界を実現します。

また、これまでは価値ある情報を印刷物で届けていましたが、この方法では情報に接することができない人たちが出てしまいます。生成AIを介して画像や動画、デジタルサイネージ、スマートフォンアプリなど情報伝達手段を多様にすることで、シニア層やデバイスを苦手とする人、ハンディキャップがある人にも届けていきたいと考えています。さらに、生成AI活用のノウハウや事例を社外に積極的に発信し、将来的には生成AIを活用して社会課題を解決するサービスの提供を目指します。

まとめ

勉強会後の質疑応答では、ChatGPTと作業全般の連携のコツ、生成AIの社内定着化の秘訣、自社開発したドキュメント構造化技術に関する質問が寄せられました。2018年から全社横断型で進めているクラウド化、それを支える組織横断型の社内コミュニティ「CCoE(Cloud Center of Excellence)」で得られた経験から、生成AIの社内定着化やDNP生成AIラボ・東京の運営にもコミュニティを導入したこと、これが組織全体で目的を持って学ぼうという風土の醸成につながったというお話が印象的でした。