前編では、熊本地震を転換点として「ダメージコントロール」の考え方に基づき、iPad LiDARのような身近な技術でインフラ維持の現実に挑む山口浩平准教授の背景や現在の研究に迫りました。
後編では、「人の命を守る」という考えを大切にしながら未来のインフラと向き合う、山口准教授の価値観を伺います。
話を聞いた人
山口 浩平 さん
長崎大学大学院 工学研究科 准教授
博士(工学)。九州大学大学院修了後、同大学での助教、一般財団法人橋梁調査会を経て現職。「緊急災害対策派遣ドクター(TEC-FORCE)」や長崎県の委員なども務め、研究と実務の両面から日本のインフラを支える。
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人の命が何よりも大切。忘れてはならないもう一つの目的
直しやすく、見つけやすい個所で壊れる「ダメージコントロール」の考え方を積極的に取り入れ、橋梁を中心に社会インフラの維持管理時代を見越して研究に取り組んでいる山口准教授。その根底には、一貫して大切にしてきたことがあります。それが「人が危険な目に遭わない未来を作ること」です。
今もなお、橋梁の点検の際には機械の力だけでなく、人の目が必要とされています。その際、例えば夜間に点検するとなると、カラーコーンやライトを置いたり、車線規制をしたりといった対応がとられています。
しかし、もしもそこにトラックが突っ込んできたら。
橋梁の点検中に怪我をする人や、亡くなる人はゼロではなく、そうした危険と隣り合わせの環境であることを、山口准教授は大きな課題として捉えているのです。
「このままでは、インフラは壊れなくても、人の命が失われてしまいます。人の命は何物にも代えられません。人の安全をロボットなどの技術によって実現できるのであれば全力でやりたい。そういう思いに尽きます」
人の五感を使った打音検査など、まだ人の力が必要な領域もあるといいます。しかし、人の力が必要であっても、いかにそれを安全にできるか。何を機械や技術に頼るのか。技術の進歩と転換が進むまさに今、その課題と立ち向かっています。
求められる「未来志向」での選択
国は新技術の導入を促しているものの、自治体単位では導入に時間がかかっているといいます。予算が限られていることもあり、「ドローンを使えば安全だけれど、人を使う方が安く済む」とされることも少なくありません。山口准教授はそんな現状に対して、「人の命に対する評価が入っていない」と問題視する声を上げています。
「私は、人の命がかかっているでしょう、と言いたいです。ロボットであれば、もし落下して壊れてもお金だけで済みます。一方で人は怪我をしたり、最悪の場合亡くなったりする場合もあります。それはお金だけで済むようなことではありません。その重みが、未だに軽視されていると思います」
安全で良いものを使うにはそれなりのコストがかかり、今はまだ高くついてしまうのが現状です。しかし、普及が進むほどコストは安くなっていきます。今だけのメリットにとらわれず、何かあった時や、もっと先の未来を考えて選択することが求められています。
技術を使わざるを得なくなる。将来を見据えた
山口准教授は課題を抱えている一方で、「5年前と比べて、自治体の意識は明らかに変わってきています」と、明るい兆しがあることも話します。これから、どのような変化があるのでしょうか。
「働き方改革の流れや人手不足も進む中で、人を投入できなくなる時代が必ず来ます。そして、技術を導入せざるを得ない状況になるでしょう。その時初めて、技術を使うことにみんなが納得するはずです。そんな未来が来ると確信を持っているからこそ、この研究に全力を尽くしているのです」
すぐに大きな変化がなくとも、いずれ訪れる未来を考え、その時必要となるであろうものを見据えて山口准教授は続けています。
また、学生の就職活動の様子を見ている中でも変化を感じているといいます。最近は、「従業員ファースト」「社員の安全を守る」といった理念や社風があることを重視する学生が非常に多いのだとか。山口准教授は「そういうものを打ち出す企業が増えたり、業界全体がそういう雰囲気に変わったりしてくれたら」という期待も語ります。
インフラ維持は「総力戦」— 業界を越えた連携へ
私たちの生活と、誰かの命を守るため。さまざまな課題を抱える中で、人と人が手を取り合い、これからの社会を考えていかなければなりません。
「国土交通省は、維持管理は『総力戦で挑むべき』としています。インフラ維持は、自治体や土木業界だけでなく、いろいろな人が知恵を出し合わなければ解決できないのです」と山口准教授は語ります。
現在、山口准教授は異なる業界・業種との協業や情報発信にも前向きな姿勢を示しており、協力の輪も広がっています。専門家でないために知見のない状態から連携を始めたケースもあるといい、「業種や立場を問わず、いろいろな方が関心を持って参画してくれたら、もっと良くなっていくと思う」と話します。
人手不足が進み、現場の意識も変わりつつある今、インフラ維持のあり方は転換点を迎えています。山口准教授の研究は、技術の導入だけでなく、私たちが何よりも「人の安全」という価値を優先できるのかを、静かに問いかけているようです。



