インタビュー

「PMは、PMからしか学べないことがたくさんある」PeerQuestCEO 浪川 舞さん

「PM(=プロジェクトマネージャー、プロダクトマネージャー)」は、DX時代にあらゆる仕事の現場で求められるマネジメント人材である。

しかしその現場には「経験者の不足」「都度の問題解決ナレッジの不足」「孤独感を抱えがち」など数多くの課題が山積している状況だ。

今回は、自身のPM職経験に基づき、PMのため悩みを解決する場作りに取り組む浪川 舞 氏に話を聞いた。

取材した人

浪川 舞 氏
合同会社PeerQuest CEO 

武蔵野音楽大学卒業後、ヤマハ特約楽器店にて音楽教室の運営企画に従事。2014年にSIer企業への転職でエンジニアへ転向し、証券システム、IoT事業など複数プロジェクトの開発を経験。その後、自社サービス立ち上げや法人向けJava研修サポート講師を経て同社のマーケティングマネージャーを歴任。

データ分析・マーケティングの知見を活かしたITサービスの企画・要件整理支援のほか、プロジェクトの要員管理や情報整理を得意とし、現在は合同会社PeerQuest代表兼エンジニアとしてベンチャー企業各社のサービス開発を支援している。

音楽業界からバックエンドエンジニアへ

2020年より、「PMがつくる PMのための PM学びの場」という位置づけで「開発PM勉強会」およびWebメディア「devPM」を主宰している浪川 舞氏。これまでどのようにそのキャリアを歩み、知見を築き上げて来たのだろうか。詳しく話を伺ってみると、音楽業界から、未経験でバックエンドエンジニアへ転身したという。

「音楽大学を卒業した後、演奏活動と並行して働ける楽器メーカー”ヤマハ”の特約楽器店に就職しました。フルタイム就職ではなく、『ミュージックメイト』という契約社員のようなポジションです。しかし実際は慣れない営業業務との両立で、演奏活動が思うようにできなくなってしまいました。副収入を得る必要もあったので、副業でWebライターを始めました。IT系の領域と関わりを持ち始めたのは、その頃からです。高校生の頃に友人同士でホームページ制作が流行っていたので、元々HTMLタグなどは書くことが出来ました。それで、記事入稿時にちょっとタグを入れたり…そのスキルが大変重宝されたことがきっかけで、『IT業界でコードが書けるエンジニアが不足しているのでは?』と考え始めました。人材が不足しているところで、自分のスキルが重宝されるのなら、求められているところに行ったほうがWinWinだと考え、それでエンジニアを目指してみようかなと思ったことが転職のきっかけです。『簡単なHTMLタグを書ける人すらも不足しているんだ』と思い、衝撃でしたね」

ひと口にエンジニアといってもフロントエンド、ネットワークなどを複数の領域が存在するが、その中でもバックエンドエンジニアにやりがいを見出し、職を探し始めた。

「Webコーダーへの道も考えましたが、目指したい領域、やりがいを見出だせそうなのがネットワークエンジニアなどのバックエンドエンジニアだと考え、転職先を探し始めました。しかし当時はそもそもIT業界と縁がなく、最初は、探し方すら分かりませんでした。『エンジニア 未経験 採用』で検索して、上位にヒットした会社を2社ほど受けました。迷っている時間がもったいない、とにかくどこかに入ろうという一心でしたね。未経験者を受け入れてくれる企業の面接を受け、内定をいただけた会社に入社しました」

未経験からバックエンドエンジニアに転身し、現場ではネット証券会社のシステムや、IoT

関連のプロジェクトを担当していた。

エンジニア兼PMとして現場で多くの課題を痛感

会社員時代にはエンジニアとしてだけでなく、PM経験も積んだという浪川氏。PMのポジションに就いた経緯は、どのようなものだったのだろうか。

「入社1年強ほどで、担当していたネット証券のプロジェクトでPMのポジションに就きました。自分自身もエンジニアをやりながら、メンバーのタスクも見て、レビューもして…しかし、もともと自分の中にはPMになりたいという目標は無かったんです。当時は『自分で手を動かしたほうが速い』と思ってしまうタイプでした。しかしプロジェクトが佳境に入り、自分ひとりではいくら残業しても終わらないフェーズを迎えて、チームメンバーの力を借りた方が、プロジェクトが一気に進むことを痛感しました。それがきっかけで、マネジメントの面白さを徐々に感じるようになっていきましたね」

システム障害が発生した際には、PMおよび営業職が発注者に対する窓口としてフロントに立つことになる。対顧客の折衝をはじめタフさが求められる立場だが、PMとしてのスキルはどのように身に着けていったのだろうか。

「上司が、IPA(情報処理推進機構)の『プロジェクトマネージャ試験』という資格を取得していました。その方から体系的にフレームワークなどを教わったお陰で、PM業務に対応できるようになりました。また、ネット証券のプロジェクトという、大規模プロジェクトに参画していたこともにも助けられました。つまり中規模チームの複合体であり、他チームのPMに質問・相談ができる体制でした。他チームの力も借りることが出来たんです。これが小規模ベンチャーなどで、たった一人で未経験からのPM職だったならば、無理だったかもしれません」

その後、会社員時代にIoTプロジェクトのPMも経験したという。

「IoTプロジェクトは、ドライブレコーダーで取得したデータを分析し、管理画面に展開する、というものでした。最初はPMではなく、エンジニアのポジションで参画していたんです。しかし、本来就いていたPMの方が途中で離職したため、後半は私自身がPMのポジションとなりました。しかし、私自身はPM職を極めたいという訳ではありませんでした。それで、後に会社を退職することにつながっていきました」

PM職を歴任したものの、当時所属していた会社を離れることを意識し始めたという。その背景には、どのような思いや疑問があったのだろうか。

「プロジェクトを進めていくうちに、リリース日がどんどん伸びてしまうことは多々あります。みんな毎日残業して手を動かしているのに、世にリリースされないシステムでは、開発する意義がないと疑問が膨らんでいきました。それは、エンジニアだけの問題ではありません。ビジネス、マーケティングも俯瞰して見ることができないと、『一体、何が正解か?』と自分なりに意見を出すことも出来ないと考えました。それで、一旦は転職活動を始めたんです。しかしそういった私の思いや疑問を上司に告げると、『社内でマーケティング部署を立ち上げないか』と打診され、その新規プロジェクトを担うことにしました。今度は、マーケティング部署立ち上げの経験をすることになったんです。その後1年間ほどは、社内で管理職的ポジションとなり、この経験が、後の起業や現在の勉強会主宰につながっているのではと思います」

技術部門から、マーケティング部門に転身したことで、プロダクトを売ることの難しさや、一つの会社内であっても、技術部門とビジネス部門の両輪による強固な連携が重要であることを痛感。この頃から、エンジニア向けコミュニティへの参加にも関心を持ち始めたという。その背景にある思いとは、どのようなものだったのだろうか。

「女性エンジニア向けコミュニティに参加して、女性のキャリアアップのお手伝いなどに携わるようになりました。自分自身が社内で技術部門からマーケティング部門に転身したことをきっかけに、ビジネス系部署と、技術者間を行き来できるスキルを身に着けることが大事だと感じました。それで、マーケ系、エンジニア系、女性支援系など、さまざまなコミュニティに参加し始めたんです。それが、2018年のことでした。エンジニア向けコミュニティはそれ以前から数多く存在していたようなのですが、私自身はまったく知らずにいました。マーケティング部署に自分自身が属して、マーケ系のコミュニティの存在を知ったことから、エンジニアコミュニティもこんなにあるんだ、と知りました。しかしSIer(システムインテグレーター)人材は、日頃から労働時間が長いこともあるせいか、あまりコミュニティに参加しない傾向があります。ひと口にエンジニア職と言っても、コミュニティに参画するタイプの人、そうではない人で、持っているスキルや思考も異なると感じます。どちらにも長所があり、スキルのある人材が市場に知られず埋もれている側面もあるので、人材の交換などができると良いなと思います」

女性エンジニア向けコミュニティの立ち上げ

さまざまなコミュニティに参加し始めた後、やがて、自身で女性エンジニア向けコミュニティを立ち上げるに至った。その理由や背景、活動内容について詳しく聞いた。

「自分が旗を振って立ち上げたというよりは、集まってきたみんなが全員、何かしらの課題を抱えていて、『皆でやろうよ!』という流れで形成されました。とても1人では立ち上げられなかったと思います。立ち上げた女性エンジニア向けコミュニティは、2つあります。1つは、技術の情報交換が目的。もう1つは、女性ならではのキャリア形成についてです。妊娠・出産を経て、専門知識を学習し続けることや、復職についての相談・情報交換が目的です。メンバーは、Web系からSler系まで、幅広い顔ぶれが参加しています。女性向けエンジニアコミュニティがそもそも少ないので、皆さん参加できるところを探し求めていたんだなと感じました。キャリア形成に関する悩みに関しては、同性同士のほうがよりリアリティのある経験談を聞き出しやすい、ロールモデルを求めやすいといったニーズがあると感じています」

孤立しがちなPMの受け皿に「開発PM勉強会」

その後2020年、女性エンジニア向けコミュニティとは別途、新たに「開発PM勉強会」の立ち上げに至った。この勉強会立ち上げの背景や理由を聞いた。

「自身で起業した後に立ち上げたのですが、自分で会社を運営して、PMも兼任して…と、私自身が孤独感・課題感を感じていました。また、会社員時代の経験からも、PMは、『10人エンジニアがいて、1人PM』という感じで、体制的に大勢の中で孤立しがちで、相談相手もほぼ居ません。会社内全体で見てもPM職は1、2人しか在籍していないなど、横のつながりも作りにくいものです。これは、周りのPMに聞いてみても同じ課題を感じていることが分かりました。そして、PMは、PMからしか学べないことがたくさんあります。PM同士が双方向に話せる場所を作り、孤独感を解消できる場として作ったのが、この勉強会なんです」

勉強会参加者のうち、8割は既にPM職に就いている人であり、2割は今後PM職に就く・目指す人だという。社内全体で見た際に、体制的に大勢の中で孤独感を抱えがちなPM職。組織の中ではマイノリティの立場になってしまう中、悩みや共有したいことを社外に求め、この勉強会に集まってきている。

また、この勉強会では、連動する姉妹サービスとしてWebメディア「devPM」も運営している。このWebメディアの立ち位置についても聞いた。

「勉強会は、実際に方法論を話し合いながら学び、議論するための場所です。一方、Webメディアは、事例を学ぶ場所で『PMがこのようなプロジェクトを、このような手法で回しました』といった事例を公開していく場所です。いずれも活用して成長につなげていこう、というのが1つの大テーマです。コミュニティとは、その場に参加した人でなければ、集まって話し合っている人の温度感が分からないデメリットがあります。それを補うために、何かしら解決したい悩みがあってWeb検索した際「あっ、自分だけじゃないんだ、同じ問題を抱えている人いるんだ」と思ってもらえる状況を作りたかった。エンジニアにとっては、例えば『Qiita』など知識共有のためのWebコミュニティがあって、『エラーが出た!』といった時に検索すれば、解決方法にたどり着けることがあります。PMもそれと同じように、困った場面で集合知にたどり着けるようにしたかったんです。PMは、マネジメント職ではありますが、マネジメント系・ビジネス系のナレッジを調べると、概念的な情報になりすぎてしまいます。もっと今ピンポイントで必要な、『ガントチャートの作り方は?』『この課題を解決するために最適なツールは?』『金融システム開発現場のPM事例』『マッチングアプリ開発現場のPM事例』といった細分化されたヘルプに応える受け皿にしたいと思っています」

最後に、「開発PM勉強会」の今後について浪川氏はこう締めくくった。

「『開発PM勉強会』あるいは、Webメディア『devPM』に集まってくるPMはたくさんいます。蓋を開けてみたら、IT業界だけではなく、例えばカメラ製作など、メーカーの営業PMなども結構参加してるんですよ。モノづくりプロセスでのマネジメント勉強会というのもまた、受け皿がないため、みんな探している、求めているんだなと思います。しかし、現状はまだまだ、参加者の課題をピンポイントで解決できてないのではと感じています。そのため現在、集まってきてくれるみなさんの課題により深く耳を傾けたいと考え、ヒアリングを始めているところです。『この勉強会やWebメディアがあったからこそ、自分はPMを続けられた』と思ってもらえる存在になっていきたいですね。集まったみんなで作った、PMのためのサービスを作っていきたい、と考えています」

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