インタビュー

「業績は悪くないのになぜクラウド活用する必要があるのか?」社員の反発を乗り越えたクラウド導入プロセスとは?

自社のクラウド化を進めたいものの、いかに社内の理解を得るか説得に苦戦している人も少なくないだろう。社内のクラウド活用とは、どのようなスタンスで取り組むと受け入れられやすいのだろうか?
今回は、2021年の中小企業クラウド実践大賞で「クラウド活用・地域ICT投資促進協議会理事長賞」を受賞した広島県府中市の廃棄物処理業「太陽都市クリーナー」代表取締役の森山 直洋氏に、クラウド化推進のプロセスで社内抵抗を減らすための工夫について聞いた。

森山 直洋 氏
株式会社太陽都市クリーナー 代表取締役 

2006年、30歳で東京から帰郷し「株式会社太陽都市クリーナーに入社。
2010年に代表取締役に就任。
2018年の西日本豪雨の体験からBCP対策の必要性を痛感し、社内DXに取り組む。
社内業務のクラウド化をはじめ、テレワーク体験ルームの設置などさまざまな施策を進めている。

アナログ作業で作業ミス、連絡漏れ、クレームやトラブルが多発!

株式会社太陽都市クリーナーは、広島県東部に位置する府中市で廃棄物処理業を展開する会社だ。府中市から委託を受け、市内700箇所のゴミステーションや、約100箇所の市内企業・飲食店をルート巡回して廃棄物の回収を行うほか、各家庭の浄化槽管理、し尿汲み取り業務も担っている。

森山社長は、2006年に東京から帰郷し、この家業を継ぐために入社。2010年には代表取締役に就任した。当時の社内は、どのような様子だったのだろうか。

森山社長:
「前時代的とも言える社内の雰囲気に、大きな危機感を覚えました。当時はまだ、経理業務はそろばん、手書きの複写伝票、帳簿で…作業ミス、連絡漏れ、請求間違い、クレームやトラブルは日常茶飯でしたね。スタッフも『うちはこんなやり方だからしょうがない』と非常にネガティブな姿勢だったんです。しかし、廃棄物処理業とは地域の公衆衛生保全のために、なくてはならない仕事です。地域から愛され、信頼される会社に変わらなければ、自信と誇りを持って働ける会社にしたい、業界イメージを変えたいという思いを強くしました」

2018年の西日本豪雨で感じた危機感から、BCP対策のためのクラウド化を決意

2018年7月、森山社長に「本格的にクラウド化に着手しよう」と決意させる、ある大きな出来事が起こった。記録的な大雨により、地域に甚大な被害をもたらした西日本豪雨だ。

森山社長:
「会社の前を流れる芦田川が、かなり危険な状態にまで増水しました。幸いにも自社やスタッフに被害はありませんでしたが、支流は氾濫して市内のあちこちで浸水被害が広がり、災害廃棄物が発生し、通行止めになってしまったゾーンもありました」

その時、森山社長は大きな危機感を覚えたという。

森山社長:
「もし、目の前の河川が氾濫していたら…会社のサーバーが浸水したら…伝票が流されたら…
仕事が続けられない、これはまずいと考えました。廃棄物とは、人々が生活する上で必ず出るものです。ましてや非常時には災害廃棄物の回収も必要となり、我々は平常時以上に力を発揮しなければなりません。どんなときでも止めることができない業務だからこそ、事業継続計画(BCP)を立て、その第一弾としてクラウド化を進めよう!と一念発起しました」

10のクラウドツールを駆使する会社へと変貌!


災害に直面した危機感から始まった同社のクラウド化推進。現在では約10のクラウドツールを活用する会社へと変貌を遂げている。いずれも、サブスクリプション契約で社員一人あたりのコストは月数百円といった、手軽なツールを導入している。

森山社長:
「経理業務や情報共有に関しては、災害前から小さくトライしていた部分はありました。パソコンが苦手なスタッフも多い中、社内連絡にLINEを使うようになったり、手書き伝票のExcel移行を進めていたんです。しかし『データはどこ?』『あの人のPCの中?』『あの人今日休みだけど、データにアクセスできないじゃん』といった状況に陥ることも…。そこで、大事なデータはUSBメモリに入れて鍵付きの引き出しに格納しておく、といった運用をしていましたが、クラウド化したほうが、さらに仕事がしやすいのではないか?と考えるに至りました」

各種クラウドツール導入にあたっては、商工会議所のセミナーが大いに参考になったという。

森山社長:
「私自身がクラウドに詳しいバックグラウンドを持ち合わせているわけではありませんでしたし、情シスの役割を担う社員も当社にはいないので、商工会議所のセミナーで学んでまずはChatWorkやマネーフォワードを知り、便利だと感じて、導入に至りました。これらが、クラウド化推進の皮切りとなりました。

当社の業務は基本的に現場仕事なので、外回りの途中でスマホから使えることは必須です。また、サブスクリプションサービスであることも、選定のポイントです。サブスクなら、実際に使ってみて合わないと思った場合には、いつでもやめることもできます。そして、他のツールと容易に連携できる点もポイントです」

社内の連絡ツールの進化について、森山社長はこう語る。


森山社長:
「2008年までは、電話連絡ばかりでした。その頃は『言った言わない』で論争ばかりでした。その後は、『メモ期』。共有事項をメモに残して担当者に伝言するわけですが、『貼った貼ってない』『読んだ読んでない』でまた論争に…。さらに『LINE期』もありましたが、プライベートの連絡内容と混同して重要な業務連絡が迷宮入りしてしまうなど、使いにくさを感じていました。そして、ChatWorkの導入です。ビジネスとプライベートを明確に分けることができるようになりました」

森山社長:
「ChatWorkを使うことで、『とりあえず情報共有する』という文化が浸透しました。以前は電話やメモで特定の人にだけ伝え、業務が属人化していましたが、社内の意識が『情報はみんなで共有する』と大きく変わり、顧客対応がスピードアップしました。また、タスク機能で作業漏れを防ぐことで業務品質も向上しました。社員同士の雑談チャットも作って、社内のコミュニケーションも深まりましたね」

業務の根幹であるゴミステーションのルート巡回は、Google Workspaceを活用することで大幅に効率化できたという。

森山社長:
「市内700箇所のゴミステーションを巡回する際、従来はベテラン社員の勘に頼って、地図を見ながら回収作業を進めていたのですが、この属人化を何とか解決できないだろうか?と考えました。
ゼンリンをはじめ、さまざまな地図ソリューションをチェックしたのですが、そもそもゴミステーションには、番地が無いんです。
そこで、一つ一つのステーションの緯度・経度を取得し、CSVでGoogleマイマップに読み込ませ、番号を振りました。そこへさらに「月曜=可燃ごみ」「第1・3水曜=プラごみ」など、属性を持たせました。
例えば、第2火曜なら、その日に回るべきゴミステーションが地図上にプロットされるように整えたんです。
その結果、ベテラン社員の勘に頼らずとも、経験の浅い若手社員でもスムーズに業務を進められるようになり、非常に良かったです。

業界特化型のツールは、ありそうで意外と無いんです。ゴミステーションの巡回は、市からの委託業務であり、ステーション自体の管理責任者は行政です。各地点の緯度・経度を取得してゼンリンの地図に落とし込んでいる自治体もあれば、紙の地図で管理している自治体もあります。一委託業者が、このような取り組みをしている例は珍しいのではと思います」

そして、日報提出・社内アンケート提出用にはGoogleフォームを活用している。スマホで自宅からでも容易に送信できるので、社員からの意見提出も活発になったという。

また、クラウドPBX(クラウドビジネスフォン)として「MOT/Phone」も導入。会社にかかってきた電話をいつでも、誰でもスマホで受けることができ、会社に行かずとも応答できるため、対応品質向上およびスピードアップにつながった。

「業績悪い訳じゃないのに、何でそんな事するの?」

アナログなバックオフィスから、現在では10のクラウドツールを駆使する姿へと大きく変貌を遂げた同社だが、その舞台裏にはやはり、社内からの抵抗もあった。

森山社長:
「新しいツールに対して、苦手意識を示す人も多かったですね。『業績が悪いわけじゃないのに、何でそんなことするの?』といった反応でした。そして、『3K』の業界特有の課題ではありますが、『どうせうちらの業界なんて…』というスタッフのネガティブ思考や、社内で古くから続く、悪しき慣習に対しても『昔からそう』『うちはこういうやりかただ』という旧態依然とした思考もありました。キーパーソンである業務部長そして総務部長と、いかにうまくコミュニケーションをとるかが鍵でしたね」

クラウドを身近に感じて、慣れてもらうために「遊び」から始める

クラウド化に対して社内から反対の声も挙がる中、森山社長はいかに説得を進めていったのだろうか。

森山社長:
「まずはクラウドを身近に感じて、慣れてもらうために『遊び』から始めよう、と取り組んでいきました。

例えば朝礼は、たとえ近くに居ても各自スマホやパソコンを介して、敢えてオンラインで実施します。何か連絡事項があれば、画面共有などの操作も実行するなど、まずはツールを気軽に触って、慣れてもらうことを目的としています。

事務所内にはスマートスピーカーを置いています。音楽を聞いたり、防犯カメラや人感センサーをつなぎ、ツールのある便利な生活に慣れることが大事だと考えています。

ChatWork導入時も、まずは社員同士の雑談チャットを作って、クラウドツールに慣れてもらう試みをしていました。当社では、社員の誕生日にケーキを贈るのですが、そのケーキを家で食べている写真をチャットにUPしたり…それから、CD・DVD貸し借りの部屋なども派生して盛り上がっていますね。得意な人は放っておいても自発的にやりますから、苦手な人に対しては意識してリアクションする、といった工夫もしています」


森山社長:
「それから、テレワーク体験ルームも作りました。社屋から車で約10分のところにプレハブコンテナを設置したんです。皆が居ない場所で仕事に取り組んだら、どんな感じなんだろう?という体験をしてもらう目的です。鍵はスマホで遠隔操作でき、誰が開けたかのログが残ります。照明・エアコンもスイッチボットで遠隔操作可能です。部屋にはスマートスピーカーを置いて、音楽を流すなど、ここでも遊び心を取り入れながら、クラウドを身近に感じてもらおうという取り組みです。自然と皆、この部屋をよく活用するようになりました。っ各方面からたくさんの取材も受けましたし、公的機関から参考にしたいから見学させて欲しい、といったお声がけもいただきました」

スタッフの意識に大きな変化が起き、離職率は大幅に低下、求人応募数も増加!

クラウドツール導入にまずは「遊び心」を取り入れ、ツールのある生活を身近に感じ、慣れてもらう。そんな森山社長の工夫で各種ツールは社内に定着し、その副産物としてスタッフの意識にまで大きな変化が現れたという。

森山社長:
「『とりあえず情報共有する』という文化が定着したことで、『僕行きます』『私もやってみていいですか』といった発言が自然と聞かれるようになりました。現場での課題、問題点を共有し、解決する力がついたんです。
また、属人化から脱却し、いつでも、どこでも、誰でも作業ができるようになったことで、作業がスピードアップし、トラブル・クレームが減りました。そして何よりもやはり、スタッフ全体がいきいきしてきたことを非常に実感しています」

森山社長:
「離職率も、大幅に低下しました。チャットツールで社員同士の交流が増え、以前よりも横のつながりが深まり、『皆、仲が良い』という雰囲気になりました。 

さらには、求人応募数も増加しました。『遊び』の部分をSNSでフランクに発信することで当社に親近感を持ってもらい、働きたいなと思ってもらう工夫をしています。リファラル採用にも取り組んでいます。社員の知人で働きたい人がいたら、どんどん面接をしています。知人が働いている会社なら応募しやすく、紹介者も入社後はしっかりと世話をするようになります。
採用面接の場でも、Googleフォームを活用しています。聞きたいことは事前にすべて書いて送信してもらって、当日の面接の場では全部雑談とし、対等な雰囲気づくりをしています。

私の入社時には、20代の社員は1名しかおらず、ほとんどが50代以上でしたが、現在の平均年齢は42歳ぐらいと、若い人が増えましたね」

業界全体の改善を目指して

社内の情報共有の目的で、各種のクラウドツールを導入した同社。しかし、「『情報』がつながることで、結果的に『心』がつながった」と森山社長は語る。

森山社長:
「心と心がうまくつながれば、たとえ対面していなくても、人はうまくつながることができる、という印象を持っています。『対面する』手段にとらわれず、ツールをどう活用すればみんなが働きやすいか、効果的かについて、今後も追求していきます」

最後に森山社長は、今後チャレンジしたい取り組みについても語ってくれた。

森山社長:
「ゴミステーションにおける廃棄物のモニタリングを可能にしたい、と考えています。例えばアパートのゴミの回収などは週3回などの契約に基づいて巡回していますが、ストッカーを開けたら実は空、など無駄な運行になってしまうことも多々あります。『ストッカーの何パーセント詰まっているか』をセンサーでモニタリングできるようになれば、無駄のない、より適正な運行ができるので、今後トライしたいですね。
ゴミやトイレの保全は、地域の公衆衛生を守る観点からも大切なライフラインです。コロナ禍でたとえロックダウンになったとしても稼働の必要性があると捉えていて、医療と並ぶ究極のエッセンシャルワーカーであると言えます。業界自体を改善するための取り組みをこれからも続けていきたいと考えています」