建設業界は就業者が高齢化しているだけでなく、旧来からの深刻な人材不足や残業時間の是正など、いくつもの問題を抱えていますが、一方でそうした問題を解決してくれるデジタル技術の導入は遅れています。生産性の向上と業務効率化のためにも建設業界のデジタル化は急務と言えます。
建設業界に大きな変革をもたらすことが期待される技術の一つに、生成AIがあります。2022年にChatGPTがリリースされて以降、建設業界でも生成AIの活用が検討されており、一部企業では既に導入の動きがはじまっています。
本記事では、建設業における生成AI活用事例をご紹介します。
- 生成AIとは?
- 建設業で活用が期待できる業務
- 建設業における生成AI活用事例
- 鹿島、グループ従業員2万人を対象に専用対話型AI「Kajima ChatAI」の運用を開始
- リアル空間の環境変化をチャットで報告、IoTプラットフォーム「BizStack」に対話型生成AIを搭載
- 株式会社mign、画像生成AIでパースのレンダリングを即座に可能にするソリューションをリリース
- 株式会社mign、建築プランナーのインタビューとパース作成を自動化するソリューションを公開
- 光邦と前田建設工業、タジクと共創し生成AIの画像・動画制作分野で新たな価値創出を目指す
- 燈株式会社がChatGPTをはじめとする大規模言語モデルを建設業に特化させた「AKARI Construction LLM」の提供を開始
- BRANU、「ChatGPT」など生成AI活用で社内業務32%削減を見込んだ取り組みを開始
- スパイダープラス、建設現場の安全品質向上にChatGPTを組み込み
- 大林組、建築設計の初期段階の作業を効率化する「AiCorb®」を開発
- まとめ
生成AIとは?
生成AI(または生成系AI、Generative AI(ジェネレーティブAI))とは、文章や絵画、音楽などの学習データに基づいて、全く新しい文章や画像、音声、プログラミングコードなどを生成できる、一連のアルゴリズムです。膨大な量のデータを自発的に学び、テキストやイメージといった少ない情報から新しいコンテンツを生み出す技術は、無数にあるデータから次のアクションを決めて動くデータ駆動型のAIとは異なるのが特徴です。
生成AIは住宅や商業施設、工場、ビルなど、あらゆるタイプの建築物、設計やコンセプト・デザイン、建築デザイン、建設計画など、建設プロセスのさまざまな段階で利用可能です。
参考記事:ジェネレーティブAI(生成AI)とは?ジェネレーティブAIの進化とビジネスへのインパクト
建設業で活用が期待できる業務
日本の建築業では生成AIの導入が進んでいるとは言えませんが、今後どのような業務で活用が期待できるのでしょうか。
設計業務の効率化
生成AIは、設計業務の効率化にも活用可能です。例えば、生成AIで作成した建物の3Dモデルから建設計画を立てられます。これにより、設計業務の効率を大幅に向上できるだけでなく、設計上の潜在的な問題を早い段階で特定でき、利害関係者からの承認も得やすくなります。
工事計画の最適化
生成AIは、工事計画の最適化においても活用が期待されています。設計データや工事フロー、資材調達のパターンを分析し、最適な工事計画を生成AIがシミュレーションすることで、工事現場などで発生するミスや工事の遅延のリスクが回避されやすくなります。
工事リスクの低減
建設のプロジェクトは、クライアントへのヒアリング段階から納品までの各フローでさまざまなリスクが発生します。プロジェクトの規模が大きくなるほど関わる業者やフローも増えるので、生成AIによる安全対策のシミュレーションの提案をもとに、現場での安全管理に役立てたり、現場のリスクを監視し、問題の優先順位を自動的に割り当てることで、限られた時間と人員をリスク発生の可能性があるフローに割いたりすることが可能です。
工事品質の向上
生成AIは、設計図書やBIMなどの大量のデータから、材料特性、耐荷重、コストなどの要素を考慮したうえで建築に最適な資材や施工方法、構造構成を導き出します。こうすることで工事の品質や精度を高めます。
工事工程の最適化
現場データや外部情報から学習した法則をもとに、最適な計画や管理を生成できます。例えば、建設機械や作業員の稼働データから、生成AIが工事の進捗状況や効率性を分析することで、工事計画の見直しや調整を行い、工期短縮やコスト削減に貢献可能です。
人材教育
新人の作業員や従業員の人材教育に生成AIを活用して、安全な作業手順や施工技術のトレーニングが可能です。実際に発生した工事現場での事故や膨大な工事パターンを観てもらい、個々の作業員の反応や学習の進捗状況に合わせて教育カリキュラムのカスタマイズや学習者へのフィードバックの提供により、効果的な学習を促進できます。
上記以外に、設計図などから建物の高さや耐震構造の基準を満たしていないなど、建築基準の違反の特定および修正、クライアントの希望により近い建物のデザインの提案と、快適で効率的な建物の建築、その後に利用する人々のQOLの向上にも活用可能です。
建設業における生成AI活用事例
日本の建設業において、生成AIを活用している事例は複数存在しています。2023年8月時点までに確認できた活用事例をいくつかご紹介します。
鹿島、グループ従業員2万人を対象に専用対話型AI「Kajima ChatAI」の運用を開始
鹿島建設は、自社独自に対話型AI「Kajima ChatAI」を開発。従業員およそ2万人を対象に運用しています。それまで、従業員が入力した情報をChatGPTが学習することで重要な情報が漏洩するリスクから自社業務にChatGPTの使用を禁止していました。
しかし従業員の業務効率化に寄与する可能性を秘めていることから、日本マイクロソフト社が提供しているAzure OpenAI Serviceを使って、利用時の従業員認証や利用履歴の記録など、独自の機能を付加したChatGPTと同じレベルのAIモデルを社内に構築。鹿島グループ内での限定運用により外部情報漏えいのリスクがなくなり、安全に利用できる環境を整備しました。
参考:グループ従業員2万人を対象に専用対話型AI「Kajima ChatAI」の運用を開始
https://www.kajima.co.jp/news/press/202308/8m1-j.htm
リアル空間の環境変化をチャットで報告、IoTプラットフォーム「BizStack」に対話型生成AIを搭載
MODE, Inc.は、対話型生成AIを搭載した現場管理ツール「BizStack AI」を開発・リリースしました。「BizStack AI」は、IoTプラットフォーム「BizStack」の機能の一つとして追加されたもので、2023年6月29日にデモ版を発表しました。
スマートフォンから操作可能で、実空間の情報を計測できる他、収集したデータとリアルタイムで計測しているデータをつなぐことで、異変があったときにすぐに自動的に会話できるなどの特徴があります。SlackやTeamsなどの外部アプリケーションと連携して使うことで、BizStack AIに質問するだけで、それに即した回答が返ってきます。
参考:リアル空間の環境変化をチャットで報告!IoTプラットフォーム「BizStack」に対話型生成AIを搭載
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000151.000035514.html
株式会社mign、画像生成AIでパースのレンダリングを即座に可能にするソリューションをリリース
株式会社mignは、作成した3Dモデルやパースから、画像生成AIを使って写実的な表現に変換するレンダリングを素早く行えるソリューションを開発・リリースしました。具体的にはレンダリング前の画像をアップロードすると、レンダリングした画像を自動的に生成してくれます。モデリングから3Dモデルやパースを作成し、レンダリングするまでの一連のフローを画像生成AIに置き換えることで、プランナーや設計者の手間が省略できます。
参考:リアル空間の環境変化をチャットで報告!IoTプラットフォーム「BizStack」に対話型生成AIを搭載
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000039.000100410.html
株式会社mign、建築プランナーのインタビューとパース作成を自動化するソリューションを公開
住宅などを建てるとき、建築家やプランナーと施主が打ち合わせしたことをイメージ画像やパースなどに落とし込み、フィードバックがあれば修正するという流れが通常です。主なやり取りは口頭や文章で行われるので、やり取りが上手くいかなければ何度も修正が発生してしまい、かなりの時間と手間がかかっていました。
そこで株式会社mignは、建築家やプランナーなどが行うヒアリングとイメージ作成を生成AIに任せるソリューションのβ版を、期間限定で公開しています。チャットは最初英語で話しかけられますが、日本語でのやり取りも可能です。一連の流れを可視化することでヒアリングにかかるさまざまな手間が省略できます。この機能はChatGPTを建設業に特化させた対話AIモデル「chact」にも搭載されています。
参考:生成AIによって建築プランナーのインタビューとパース作成を自動化したソリューションを公開
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000041.000100410.html
光邦と前田建設工業、タジクと共創し生成AIの画像・動画制作分野で新たな価値創出を目指す
印刷業をはじめ、幅広い分野での企画や編集、制作を手掛ける株式会社光邦、前田建設工業株式会社 ICI未来共創センター、株式会社タジクの3社は生成AI(画像・動画制作)分野での共創を開始しました。
株式会社光邦と前田建設工業株式会社 ICI未来共創センターは、株式会社タジクが提供する生成AIの画像・動画制作の教育カリキュラムを導入。顧客などとの商談の質・量を向上させるとともに、それぞれの企業における生成AIの課題をタジクにフィードバックすることで、印刷と建設双方に特化した事業の開発や業務効率化につなげます。なお、株式会社タジクが提供する教育カリキュラムには中京テレビ放送株式会社もビジネスパートナーとして参入しており、今後は4社での共創を目指しています。
参考:光邦と前田建設ICI未来共創センターが生成AI「画像・動画」分野でタジクと共創 中京テレビとも共創の検討を開始
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000125716.html
燈株式会社がChatGPTをはじめとする大規模言語モデルを建設業に特化させた「AKARI Construction LLM」の提供を開始
燈株式会社は、建設業関連のデータをChatGPTなどの対話型AI(人工知能)に使われる大規模言語モデル(LLM)に組み込んだ「AKARI Construction LLM」を提供しています。
「AKARI Construction LLM」膨大なWebサイトから情報を検索・回答することを得意とする対話型AIに、建設会社が持っている測量データや設計図書、BIM、仕様書、議事録、文書などのデータ、燈で提供してきた建設業のAIソリューションやアルゴリズムを組み合わせました。これにより、建設会社で眠っている情報資産の活用が期待できます。
参考:燈株式会社がChatGPTをはじめとする大規模言語モデルを建設業に特化させた「AKARI Construction LLM」の提供を開始
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000014.000083531.html
BRANU、「ChatGPT」など生成AI活用で社内業務32%削減を見込んだ取り組みを開始
建設業界のDXを加速させるサービスを提供しているBRANU株式会社は、ChatGPTの活用をベースに、自社業務であるデジタルマーケティングやプロダクト開発、コンサルティングサービスにかかる時間の32%削減を目指した取り組みを行っています。
ChatGPTに自動で応答させたり、社内での円滑なコミュニケーションをサポートさせたり、資料を要約させたりすることで、年間数億円かかっている業務コストの削減、クライアントと密に関わる時間の増加が期待できます。
参考:BRANU、「ChatGPT」など生成AI活用で社内業務32%削減を見込んだ取り組みを開始
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000042.000031431.html
スパイダープラス、建設現場の安全品質向上にChatGPTを組み込み
スパイダープラス株式会社は、「SPIDERPLUS PARTNER」にChatGPTを組み込んだ「AI支援機能」を提供しています。
「SPIDERPLUS PARTNER」は、現場監督を対象にしている「SPIDERPLUS」(建設・メンテナンス業向け図面及び現場管理アプリ)の有償ユーザーのみが使用可能なサービスです。専門工事業者を対象にしており、ペーパーレス化や作業効率の向上など、専門工事業者も含めた建設業界のDX化を目指しています。「SPIDERPLUS PARTNER」に「AI支援機能」を追加することで、ChatGPTからの安全対策の提案を実行できる他、日々の作業報告から現場監督はその日に実施する安全対策の提案をChatGPTから得られて、建設現場での事故防止や作業に関わる全作業員の安全意識向上に貢献できます。
参考:スパイダープラス、建設現場の安全品質向上にChatGPTを組み込み
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000110.000030510.html
大林組、建築設計の初期段階の作業を効率化する「AiCorb®」を開発
株式会社大林組は、アメリカの非営利独立研究機関であるSRI International(SRI)と共同で、画像生成AIを含めた多様なAIの技術を取り入れた設計支援ツール「AiCorb®」を開発しました。
「AiCorb®」は手描きのスケッチや建物をイメージしたテキストから、さまざまな建物の正面外観デザインを短時間で出力し、3Dモデルを作成できるツールです。設計者向けプラットフォーム「Hypar」との連携により、建築設計の初期段階のデザイン案作成にかかる時間や手間の削減、クライアントとの合意形成にかかるプロセスの効率化を図ります。
参考:
建築設計の初期段階の作業を効率化する「AiCorb®」を開発
https://www.obayashi.co.jp/news/detail/news20220301_3.html
大林組のAIツールはビル外観を生成して3次元化もこなす、7月に社内運用開始
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02449/062900008/
まとめ
生成AIはまだ活用に課題が多くあるとはいえ、今後建設業を根本的に変革する可能性を秘めているテクノロジーの一つです。生成AIの活用により、建設における各プロセスでかかる費用や作業時間などの削減、クライアントとの合意形成のサポート、建物の性能と安全性の向上、持続可能性などの利点をもたらします。段階に適した生成AIを適用することも可能で、建設業を手掛けるさまざまな企業の参画により、日本でも生成AIの導入や生成AIを活用した新規サービスの開発が進むでしょう。