昨今、官民を問わずあらゆるビジネスの現場で「デジタル化」が求められています。
政府も「デジタル化」を今後の重要な成長戦略として位置づけており、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」という言葉を日々のニュースなどでよく見聞きするようになりました。
DXの本質とは、ビジネスモデルを抜本的に変革し、企業価値をより向上させることにあります。
この記事では、建設業を例に挙げながら、現場でDXを推進するために着目すべきポイントや、国内外の最新事例などを解説します。
1.デジタルトランスフォメーションとは?
「デジタルトランスフォーメーション(DX)」とは、直訳すると「デジタルへの変化、変換」です。
昨今、官民を問わずさまざまな仕事の現場で「DX推進」「ワークフローのデジタル化」が強く求められています。
例えば霞が関では「押印・書面・FAXの廃止」など旧来型の紙とハンコのワークフローをやめて、ITツールを駆使し、手続きの電子化・ペーパーレス化という流れが急速に推し進められています。
このように、日々のニュースで「DX」という言葉を見聞きすると、「ITツール活用」「ペーパーレス化・電子化・脱はんこへの取り組み」といった印象を強く受けている人も多いのではないでしょうか。
しかし、DXの本質はそのような表層的・部分的な側面だけに留まりません。もっと根本的な部分からビジネスモデルを変革し、日々の仕事の付加価値、ひいては企業価値そのものを向上させることにあるのです。
ここで参考として、近年、経済産業省が選出している株式銘柄「DX銘柄」の主旨を見てみましょう。「DX銘柄」にはどのような企業が選出されるかと言うと、次のように定義されています。
デジタル技術を前提として、ビジネスモデル等を抜本的に変革し、新たな成長・競争力強化につなげていく「デジタルトランスフォーメーション(DX)」に取り組む企業を、「デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)」として選定します
[引用元]DX銘柄/攻めのIT経営銘柄|経済産業省
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/keiei_meigara/keiei_meigara.html
さらに、このようにも続けます。
あらゆる要素がデジタル化されていくSociety5.0に向けて、既存のビジネスモデルや産業構造を根底から覆し、破壊する事例(デジタルディスラプション)も現れてきているなど、DXは中長期的な企業価値向上において、一層重要な要素となりつつあります
[引用元]DX銘柄/攻めのIT経営銘柄|経済産業省
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/keiei_meigara/keiei_meigara.html
つまり、既存のビジネスモデルの抜本的な変革、さらに言えば「破壊」するほどのインパクトを起こすことが、中長期的に企業価値を向上させる、と経済産業省では位置づけているのです。
それでは、「建設業におけるDX」とは具体的にどのような取り組みを指すのでしょうか?次項で詳しく見ていきましょう。
2.建設業におけるDXとは?
次に掲げる図は、建設のプロセスと、各フェーズにおける担当者を示したものです。
前項で、「DXとは旧来のビジネスモデルの抜本的な変革であり、デジタルの力で企業価値を向上させることだ」と述べました。
これを上図で示す建設業のプロセスに当てはめて、具体的に考えてみましょう。
例えば「設計」「施工」といった「モノのデザイン」のプロセスには、どんどんICT技術やロボット、ドローン、レーザースキャナなどを投入し、旧来はすべてヒトが行っていた作業をテクノロジーで置き換え、建設現場を「自動化された工場」「従来より人手も時間もかからない、生産性の高い現場」「安全性の高い現場」へと変革させることが想定されています。
中でも特に、国が建設業DX推進のために重要な手段だと位置づけているのが「BIM/CIM」です。
「BIM/CIM」とは「Building/Construction Information Modeling/Management」の略語で、2012年に国道交通省から提言がなされました。「BIM/CIM」では土木工事の「計画」「調査」「設計」プロセスに、従来の2次元(平面)図面ではなく、PC上で実物と同様の形状に、現場で生じるさまざまな属性データを結びつけた「3次元モデルデータ」を活用します。
このようなデータ活用・連携により、完成形をイメージしやすくなり、工事プロセス全般や、関係者間での情報共有・合意形成が格段に効率化されるというものです。
[出典]初めてのBIM/CIM|国土交通省http://www.nilim.go.jp/lab/qbg/bimcim/bimcim1stGuide_R0109___hidaritojiryomen_0909.pdf
このようなテクノロジーの活用により、従来では人手も時間も掛かっていた作業工程を大幅に圧縮できます。ヒトはその分、「コトのデザイン」「顧客に応じたカスタマイズデザイン」といった部分など、ヒトの感性を活かさなければできない、より付加価値の高い仕事に時間を充てられるようになります。
このような「建設業DX」の推進が叫ばれる背景には、少子高齢化に伴う現場の生産人口不足があります。人手不足ゆえ、一人あたりの生産性を向上させなくてはならないのです。また、生産性を向上させ、より付加価値の高い仕事を生み出すことは、中長期の企業の成長、ひいては国全体で見た場合の競争力向上、産業成長につながる、という狙いがあるのです。
[参考]国土交通省BIM/CIMポータルサイト|http://www.nilim.go.jp/lab/qbg/bimcim/bimcimsummary.html
インフラ分野のDXに向けた取組紹介|国土交通省https://www.mlit.go.jp/tec/content/200729_03-2.pdf
建設事業各段階のDXによる抜本的な労働生産性向上に関する技術開発|国土交通省https://www.mlit.go.jp/tec/gijutu/kaihatu/pdf/r2/200807_04jizen.pdf
3.建設業におけるDX推進のための国の取り組みは?
前項で述べたように、近年、国土交通省が推進を提唱している「建設業DX」。ここからは、国が現在、どんなことに取り組んでいるか具体的に見ていきましょう。
(1)全ての公共工事をBIM/CIM活用へ転換
令和5年度までに、小規模を除く全ての公共工事において「BIM/CIM」を原則として適用するよう、段階的に適用拡大を進めています。
(2)データ利活用推進のため、各種拠点を設置
「BIM/CIM」の適用範囲を拡大するためには、ビッグデータの集約・管理が肝になります。そのため令和3年4月以降、データ利活用、先端技術の現場実証、技術開発、人材育成などを行う各種拠点の設置が進んでいます。
①国土交通省本省:DX推進体制を構築
国土交通省本省において、DX推進の体制づくりとして令和3年4月1日に「インフラDX 総合推進室」が発足しました。
②研究所(つくば):「国土技術政策総合研究所DXデータセンタ-」「建設DX実験フィールド」の整備
「BIM/CIM」の大容量ビッグデータを、5Gなどの超高速通信インフラにより、高速で遅延なく国土交通省本省や地方整備局とやりとりできる環境を整備。国土交通省発注工事・業務の3次元データを一元管理・分析するための環境を順次拡大しています。
また、無人化施工・自動施工などに関する産学官の技術開発促進のため、実験フィールドを整備しました。
③国土交通省 地方整備局(全国4か所):「DX推進センター」
国土交通省本省や研究所だけではなく、4箇所の地方整備局(関東・中部・近畿・九州)でもDX推進体制を整えているところです。
「BIM/CIM」データを活用した設計や施工管理、デジタルツールの活用による非接触・リモートの監督検査など、新しい働き方に対応できる人材を育成する施設整備を進めていき、国交省職員だけでなく自治体職員や受注者なども活用できるとしています。
[参考]インフラ分野のDXに向けた取組紹介|国土交通省https://www.mlit.go.jp/tec/content/200729_03-2.pdf
インフラDX 本格始動!~インフラDX ルーム・建設DX 実験フィールド開所式の開催~|国土交通省
https://www.mlit.go.jp/report/press/kanbo08_hh_000798.html
4.建設業におけるDX事例の紹介
ここからは、建設業におけるDX事例を具体的に3つ、見ていきましょう。
(1)信濃川河川事務所:CIM活用で効率化
「i-Construction」モデル事務所である信濃川河川事務所では、複数の工事・業務を一元化し工程調整の効率化などを図るため、統合CIMモデルを構築しました。
すると、関係機関協議が円滑化。仮桟橋の整備と床固め工、ケーソン搬入等の複数工事間の工程調整や、土砂搬出に必要な工事用道路計画を手戻り無く行えることなどを確認できました。
[参考元・画像出典]国土交通省におけるDXの推進についてhttps://www.jacic.or.jp/kenkyu/22/data/r02_6_hirose.pdf
(2)清水建設株式会社:「デジタルゼネコン」への変革
清水建設株式会社は、「DX銘柄2021」に選出された企業であり、その取組みが経済産業省から高く評価されています。
同社では、今後は「デジタルゼネコン」を目指すという目標を掲げています。
具体的な取り組みとしては、建物運用のデジタル変革を支援する「建物OS『DX-Core』」を商品化。ICTベンダーや設備機器メーカー19社との協業により、この「DX-Core」のデジタルプラットフォーム拡充に向け、建物内の各種設備の制御・機能連携を図るAPIを開発しています。
この「DX-Core」により、建物の付加価値を向上させ、蓄積されたデータを分析して建物運用へフィードバックすることで常にバリューアップが可能になります。
このような取り組みが高く評価され、「DX銘柄2021」選出につながったのです。
[画像出典]建物運用のデジタル変革を支援する建物OS「DX-Core」を商品化
~ビル機能を容易にアップデートできるデジタル化プラットフォームを提供~|清水建設https://www.shimz.co.jp/company/about/news-release/2020/2020025.html
[参考]
デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)2021|経済産業省・東京証券取引所https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/keiei_meigara/dx-report2021.pdf
(3)シンガポール:国土を丸ごと3D化
最後に、海外の先進的な事例もご紹介します。
シンガポールでは、フランスのソフトウェア企業と提携し、国⼟を丸ごと3D化した「バーチャル・シンガポール」プラットフォームの構築を推進しています。
この3Dデータを、環境や防災などのシミュレーション、インフラ・エネルギー管理、まちづくりなど、幅広い分野への活⽤を目指しています。
[画像出典・参考元]国土交通省におけるDXの推進についてhttps://www.jacic.or.jp/kenkyu/22/data/r02_6_hirose.pdf
5.建設業DXの真価とは「データドリブンな事業展開」にあり
この記事では、建設業DXの推進に向けた国土交通省の取り組みを中心に紹介してきました。
国土交通省内でDX推進体制が進んでいることが分かりますが、来る9月1日には別途、政府の新たな省庁として「デジタル庁」が発足します。そこでも同様に、「データの利活用」「国民の利便性向上」を施策全般の軸に据えています。
建設業DXの導入成功事例を見ると、「データの利活用」によって設計・施工など各プロセスが格段に効率化され、また、その後もさらなるバリューアップを続けられる、といったビジネスモデルが浮かび上がってきます。
建設業DXの本質とは、決して部分的・表層的な「IT化」という話ではなく、「データを軸にした事業展開・継続」にあると言えるでしょう。