業界動向

中小企業の建設DXへの挑戦~隂山建設株式会社の事例

建設業界は、ITの活用や多様な働き方の導入が進んでいない業界の一つです。人手不足や長時間労働という従来の課題に加え、建設現場で働いてきた職人たちが、2024年までに大量に離職するという試算が出ているなかで、長時間労働を減らしつつ、安全と品質を確保しながら工事をこなし、収益を上げていくための取り組みが、ゼネコンを中心にさまざまな企業で行われています。具体的には、建設生産プロセスへのAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)といった最新技術の取り入れ、建設業のビジネスモデル自体の見直しなどです。こうした動きを「建設DX(デジタルトランスフォーメーション)」といいます。

今回は、隂山建設株式会社の代表取締役・隂山 正弘さんをゲストとしてお迎えし、建設現場を変える挑戦、具体的なDX取り組みについてお伺いします。

隂山建設株式会社 Profile
1954年創業の総合建設業(土木・建築)会社。持株会社であるカゲヤマホールディングス株式会社のグループ企業の一つで、福島県郡山市に本社を構える。2019年には日本でいちばん大切にしたい会社大賞(審査委員会特別賞)を受賞した他、愛の献血運動や社員の子息を支援する隂山建設育英会など、社会貢献活動にも注力している。

建設業のDXを自社で進める社会的背景

2025年には技能労働者の4割が離職し、約130万人が不足すると予測されていることから、私たちは、今後の建設業に従事する人手の不足を課題として認識しているんですね。また、建設業は自動車産業の2番手市場と言われますが、売り上げ規模の構成を分析すると、99%が中小企業で建設業を支えているというのが現状です。DXの部門や経営者である私が先導してDXを推進できても、実際に現場に出ている職人さん含めた協力業者の方々もデジタル化やDXをしないと、なかなかDXが前に進まないのが大きな課題です。

一方、建設業のうち、弊社が手掛ける土木工事と建築もデジタル化やIT活用の動きは進んでいます。各研究メーカーさんがICT施工などを行うなど建設機械が非常に進化していますし、住宅建築もプレハブ含めた木造住宅もシステム化しているからです。しかしながら一般建築は、施工に関わる下請け業者だけでも1次2次3次……と複雑な構造になっているので、ITの活用が遅れているのが現状です。

DXを進めるためには、IT目線だけじゃなくて、建設業界の目線をきちっと維持しながら、実態に沿ったDXを進めようというのが、DX推進における弊社のコンセプトです。

デジタル化やDX推進で取り組んだこと

ドローンパイロットの育成

2018年4月から、全ての建設現場において、100%自社でドローン飛行を行っております。現在では社員数現在49名に対して、ドローンパイロット32名が在籍していて、比率的に言うと、おそらく国内で一番ドローンパイロットが多い建設会社かなと思っています。

以前取り組んでいたICT施工では建設機械の企業の社員がドローンを飛ばしてくれて、かつ3次元データを作ってくれていました。しかし、それでは会社の中は何も変わらないことに気づかされまして、せめてドローンは自分たちで飛ばすようにしようと。そこで、コマツにご紹介いただいたドローンスクールに社員10人を送り込んで、ドローンパイロットとして育成しました。現在では、社内教育にてドローンパイロットを増やしているところです。

ビルディングサポート株式会社の立ち上げと、LANDLOGへの参画

2018(平成30)年、福島県でITベンチャーを立ち上げたばかりの企業を巻き込み、「ビルディングサポート株式会社」という会社を設立。地方建設業のDX推進を私たちのミッションとして掲げています。

その後、コマツ、ドコモ、SAP、オプティムが共同で立ち上げた「LANDLOG(ランドログ)」という会社から、先行パートナー企業の一つに選ばれ、彼らとプロジェクトに取り組む中で、自社でのアプリ開発に行き着きました。

「Building MORE(ビルモア)」「Building MORE Plus(ビルプラ)」の開発

写真をお客様に見ていただくことで安心安全が保たれた現場で建設していること、建て終わって竣工をした建物を引き受けてもらうだけじゃなくて、建設途中のプロセスも楽しんで安心していただきたい――。そんな思いから、ドローンで撮った映像や建築案件での写真を、リアルタイムでさまざまなデバイスから見られるように、「Building MORE(ビルディングモア、以下ビルモア)」「Building MORE Plus(ビルディングモアプラス、以下ビルプラ)」というアプリを開発しました。

大事にしたのは、社内全員が使えるアプリになること。協力企業に対しても一緒に施工するわけですから、彼らも含めてみんなが使うアプリにしようと。受注から着工までの一部分を補うアプリは世に多少だいぶ出てきてはいるんですけど、竣工後までの建設生産プロセス全体をDX化するアプリはなかなか見当たらなかったので、自社で開発しようと決めました。建設現場をお客様とつながるだけでなく、協力業者とのデジタル化を図りながら、スマートな建設現場の管理を実現させようとしたのです。

ビルモアは、元請企業と建設会社、お客様や設計事務所さんと現場を可視化させるアプリで、2019年に発表しました。今年の10月には、協力企業の皆さんと、デジタル化を図って書類や受発注を含めたやり取りができる「Building MORE Plus(ビルディングモアプラス、以下ビルプラ)」を販売予定です。

Building MORE(ビルモア) Building MORE Plus(ビルプラ)
建設現場に関わる人々が建設生産プロセス全体の今の状況を把握でき、デジタル化による生産性向上と、関係者の満足度向上を実現するアプリ
できること

  • 工事写真の共有
  • スケジュール・工程表の共有
  • 出来高の共有
  • 各種書類の共有

顧客満足度(CS)の向上
一つの工事情報が専用Webのように表示され、施主様が写真や書類をいつでもどこからでも確認できる。

現場の見える化
工事写真などにより進捗や予定をどこからでも確認でき、報告や連絡に費やす時間が短縮される。

業務のデジタル化
これまで紙資料やファイルデータでバラバラに作成・保存されていた情報が、ペーパーレスとなり、情報が一元管理されることで、生産性向上へ繋がる。

従業員満足度(ES)の向上
スマートな施工管理の実現により、業務効率化に繋がり、残業時間削減と働き方改革を実現できる。

協力会社と元請建設会社とのスムーズなやり取り、協力会社の「ヒト・モノ・カネ」の見える化を実現するアプリ

できること

  • 予算・受発注の管理
  • スケジュール・工程表の共有
  • 出来高の管理
  • 各種書類の共有

 元請企業とのスマートな連携
見積提出や受注、図面共有など元請建設会社からの情報の取得しやすさが向上。

書類作成のデジタル化
登録情報と作成資料の連動により、RKY(リスクアセスメント危険予知)や作業日報を簡単に作成できる。

報告業務の効率化
工事の状況に合わせて作業の出来高を請求可能。

現場状況の見える化
カレンダーや掲示板がどこからでも確認でき、現場の乗り入れ時期が分かる。

担当した工事の一元管理
工事ごとの元請会社とのやり取りの履歴がアプリ上に残り、情報の一元管理に繋がる。

 

ちなみに、私たちが考える地方建設業のDXのステップは、次の通りです。

  • レベル1:Wi-Fiやデバイスをはじめとする職場の基本的な環境整備
  • レベル2:ビルモアの導入による情報の社内共有とデジタル化
  • レベル3:ビルモアプラスによって協力企業との外部連携を実現
  • レベル4以降はAIやロボット、BIMなどの活用により、施工工程や建設生産プロセスのデジタル化を図る

弊社ではロボットを使うところまではまだ進んでおらず、省略化や業務効率化(レベル3)まで進んできたと思っています。

DX推進のための組織や人材は、どうやって集めたのか?

社内のDX推進室の設立は、私たちの非常に大きな覚悟の表れです。DX推進室の人材は、出産などで一時弊社を退社した女性社員を、建設現場に戻ることはできなくても、DXを進める人材として再雇用して確保しています。

またビルディングサポートという会社の設立、大手企業の協業により、弊社に興味を持ったエンジニアといった職種の人たちが集まってきてくださっています。さらに協力企業がたくさんいますから、協力企業の若手社員や後継者の方々を巻き込んで、彼らからアイデアをいただいたり、お手伝いをしていただいたり、外部でお願いできるものについては外部にお願いをしながら、DX推進のための人材確保に注力しているのが現状でございます。

弊社のDX推進のメンバーは寄せ集めのように見えるかもしれませんが、私にとっては非常に良いフォーメーションになっていると感じております。

DX化を進めることでもたらされるメリットとは?

顧客満足度(CS)や生産性、従業員満足度(ES)、受注力全てが向上

ビルモアの導入により、顧客満足度(CS)や生産性、従業員満足度(ES)、受注力全てが向上しました。

まずは顧客満足度(CS)ですが、「リアルタイムで工事の状況が分かるので、打ち合わせがスムーズになった」「遠方に住んでいても仕上がりに対する不安が解消した」などの声が寄せられています。従業員からも、「お客様との打ち合わせが密になった」「施工管理者の意識やモチベーションが向上した」などの声が上がった他、現場監督の業務削減・働き方改革を実現(一人あたり月間約50時間の残業時間を削減、電話連絡や現場訪問の激減)しました。

また、福島県の総合評価入札(工事)にチャレンジしたとき、プレゼンを担当した社員たちはビルモアやドローンを使って、新しい建設現場のあり方を示したところ、受注に至った経緯があります。建設現場を竣工させた結果、令和2年度の福島県優良建設工事表彰を受けました。結果、生産性向上、受注力の向上にもつながってきたというのが成果報告として上がっております。

社員たちがどう思っているか分かりませんが、私にとってDXは非常にチャレンジな取り組みであり、従業員満足度(ES)の向上を重要視している部分もあると思っています。

ブランディングによるリクルート強化

ブランディングができる以前は、新入社員の募集を毎年毎年かけても、1人来るか来ないかみたいな状態で、新卒採用でも全く誰も来ない年も多かったんです。

ありがたいことにCEATEC JAPANで私たちの取り組みが評価されたり、大手企業との協業が注目されて、日経新聞や日商の石垣をはじめ、さまざまなメディアで紹介されたり。国土交通省のホームページの方でも私たちの取り組みが優良事例として動画で載せていただいてもいます。

また、協業先のランドデータバンク社がNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の公募事業に採択された他、三井物産の持っているデバイスと建設機械などを連携することによって、自動給油できるようになるなど、大手企業と積極的に協業を進めています。

こういったブランディングによって、2020年ではグループ企業内で6名の新卒者が採用につながりましたし、今年も既に5名ぐらい採用が決まっております。特色があるのは女性の社員が、毎年私どもの仲間になってくださっていること。ブランディングによるリクルート強化は、DXによってもたらされた意外なメリットだったかなと思っていますし、今までやってきたことを、外部からスポットを当てていただけたことで自信がついたのと同時に、私たちの歩んできた道が間違ってなかったんだな、という気持ちです。

まとめ

2020年、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、国土交通省では建設生産プロセスなどの全面的なデジタル化や建設業のDXにおける環境整備に向け、本格的に動きだしています。そうした国の動き、ゼネコンや建設業のスタートアップ企業、今回ご紹介した隂山建設をはじめとした中小企業の取り組みを受けて、「自社でもDXを推進したい」と考える企業もいるかもしれません。

「随分前ですが、建設現場には全然適さないマニュアルを作って、全く機能しなかったっていう痛い目に遭った記憶がございまして。建設現場からかけ離れたデジタル化が進むのではなく、建設現場の現状に沿った解決方法を――。そこをずっとブレずにやってきました」と隂山さんは話します。

受注から着工、施工、維持管理のどの工程にDXが必要なのか、基本的には実際に現場で働いている建設会社側が課題の抽出を行うほうが良いでしょう。