最近のニュース記事などで「MaaS」という言葉を見聞きしたことはありませんか?
これは、来る時代の新たな移動形態を表す言葉です。MaaSの実現により、さまざまな社会課題を解決できると期待されているため、日本では国による実証事業が展開されている最中です。また、海外では都市交通として既に成功している事例も見られ、交通量・人流に大きなインパクトをもたらしています。
この記事では「MaaS」について詳しく知りたい方に向けて概要、メリット、国の取り組み状況や国内外の事例なども交えて解説します。
1.MaaSとは?
最近、ニュース記事などで「MaaS(マース)」という言葉をよく目にするようになりました。これは「Mobility as a Service」の略語で、簡単に言えば「来る時代の新たな移動サービス」といったところです。
「MaaS」は発達中の新しいサービスであるため、研究・実践が先行している海外においても、実は明確な定義がありません。国や研究者によっても、その定義に若干の違いがあるようです。
しかし「MaaS」のモデルとして、
・ICTを活用して交通をクラウド化
・公共交通か否か、その運営主体にかかわらず、マイカー以外のすべての交通手段を1つのサービスとしてとらえ、シームレスにつなぐ
・ユーザーはスマホアプリで交通手段やルートを検索、利用し、運賃等の決済を行う
といった仕組みの事例が多く、これまでの社会には見られなかったような新たな「移動」の概念だと言えます。
[出典]日本版MaaSの推進|国土交通省https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/japanmaas/promotion/
[参考]MaaS (モビリティ・アズ・ア・サービス) について|国土交通省https://www.mlit.go.jp/pri/kikanshi/pdf/2018/69_1.pdf
2.MaaSのメリット、注目される背景
新たな移動サービスとして「MaaS」が注目・推進されている理由はなぜなのでしょうか?
それは、社会全体に対しても、個人の生活に対しても、次に述べる通りさまざまなメリットをもたらすと想定されているからです。
(1)都市・地域の持続可能性の向上
●都市部での渋滞の解消
公共交通機関や「超小型モビリティ(自動車よりコンパクトで小回りが効く車両)」などによって効率的な移動が可能になり、自家用車による移動が減少し、都市の交通渋滞が減少する。
●環境への影響
自動車による排気ガスの減少により、都市の大気汚染、温室効果ガス排出が抑制される。また、自家用車保有台数が減少することで駐車場面積を減らすことができ、緑地等への転用が可能になる。
●地方での交通手段の維持
公共交通などで自動運転車が導入されたり、データ活用によって最適なバス等の運行が実現すれば、交通手段が少ない地域に住む人々にとって、駅や停留所と目的地の間のラストワンマイルの移動が可能になる。
(2)交通機関の効率化
公共交通機関の収入増加
マイカー移動よりも公共交通機関の利用が増加すれば、運賃収入が増加し、税金による公的資金の投入が低く抑えられる可能性がある。
公共交通機関の運営効率の向上
鉄道を維持することが難しい地域で路線を廃止し、その分の運用・維持資金をオンデマンドバスや自動運転車に投資することで、より効率的な運営が可能になる。
(3)個人の利便性向上
検索、予約、乗車、決済のワンストップ化
複数の交通機関を乗り継いだ移動の際、移動経路の検索、予約、乗車、決済までが1つのサービスで完結する。
家計への影響
高額の自家用車の維持費負担がなくなることで、その他の支出に充当する余裕が生まれる。
交通費精算の簡易化
企業が従業員に支払う通勤手当の一律支給が可能になる。その際、既定の通勤経路以外の交通経路の把握等も容易になるため、企業・従業員双方にとって経費清算手続きが簡略化される。
このようにさまざまな角度から、数多くのメリットが想定されています。しかも、都市の交通問題、過疎地の交通問題いずれの解決にもつながり、大都市圏・過疎地域の双方にメリットがあります。また、一個人としても移動手段選択の柔軟性・利便性が向上します。
そのため国土交通省は、MaaSの全国への早急な普及に取り組んでいる最中にあります。
[参考]次世代の交通 MaaS|総務省
https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/02tsushin02_04000045.html
3.MaaS推進の課題
我が国でMaaSを推進していくうえで、現状では次のような課題があります。
(1)MaaS推進体制の整備
MaaSには、アプリ運営事業者、各交通事業者等、複数の事業者が関係します。また、行政(国、地方公共団体)の関与も考えられ、関係者間を調整してどう実現していくかがまずは大きな課題となります。
(2)法整備
現在、我が国の交通事業に関しては、道路運送、鉄道等の交通手段ごとに事業法が定められています。
MaaS推進のためには以下のポイントを議論し、法制度を見直す必要があります。
- MaaSにより提供される「移動」について、安全や利用者保護等の責任はどのように考えるか。
- バス、タクシー、鉄道等の交通事業者とMaaSアプリ運営事業者との関係をどのように位置づけるか。
- ICTを用いた交通関連サービスについては、収集されるデータの保護・活用も含め、交通関係事業法との関係の整理が必要。
MaaS推進のためには、道路、鉄道など交通手段の垣根を越えて、また、官民の垣根を越えて、そして交通事業者とアプリ事業者といった業種の垣根を越えてタッグを組んでいくことが必要です。実現に向けた規制緩和・法整備が求められています。
[参考]MaaS (モビリティ・アズ・ア・サービス) について|国土交通省https://www.mlit.go.jp/pri/kikanshi/pdf/2018/69_1.pdf
4.MaaS推進に関する国の取り組み
MaaS推進に関する国の取り組みとして、経済産業省では令和2年から物流分野に特化した実証事業を実施しています。
物流業界では需要過多・人手不足などさまざまな課題を抱えているため、経済産業省は令和元年度から有識者や商用車メーカー、荷主・運送事業者、ITソリューション事業者等の民間事業者らとともに、物流分野における新しいモビリティサービス(物流MaaS)の勉強会を開催しています。
令和3年度は、前年度の成果を活かしつつ以下3つの取組みを展開している最中にあります。
(1)トラックデータ連携の仕組み確立
トラック(商用車)に関して、異なる自動車メーカー・物流事業者間でデータ連携の仕組みを策定する取り組みです。
安全性向上や人手不足対応など、物流業界全体で共通のラーニングとなるな活用事例を確認し、連携可能なデータを特定。危険運転挙動を横断的にプロットするハザードマップ生成に向けた調査に取り組んでいます。
(2)見える化・混載・自動化等による輸配送効率化
この取り組みについては、公募により事業者を選定しました。
トラック荷台内へのセンサー設置などにより、リアルタイムでトラック内の積載状況を立体的に把握。専用端末を通じて、特殊貨物の工場の出荷から顧客までの位置情報を把握し、積載効率の向上が図る取り組みを展開しています。
(3)電動商用車活用・エネルギーマネジメントの導入ユースケース等に係る検証
こちらも、公募により事業者を選定しました。
軽貨物EV(電動商用車)を独自開発し、ガソリン車との性能比較や、車両価格・充電器設置費用を踏まえた長期的な利益を分析。
EV普及と充電インフラ整備を一体的に進めるモデルエリアを構築し、共同利用型の急速充電オペレーションモデル等を検証することでその成立可能性を探っています。
EV運行オペレーションへの転換を可能にするためには、エネルギーマネジメントシステム(エネルギーの見える化や設備の最適運用などを実現するシステム)の構築でどんな課題・解決策を整理したら良いか、実証事業の中で取り組んでいます。
[参考]
・物流MaaSの推進に向けて!|経済産業省
https://www.meti.go.jp/press/2021/07/20210726008/20210726008.html
・物流MaaS勉強会取りまとめ|経済産業省https://www.meti.go.jp/press/2021/07/20210726008/20210726008-1.pdf
5.国内外のMaaS事例
一方、国内外の民間企業ではMaaS実現に向けた独自の取り組みも始まっています。ここでは、その具体的な事例を見てみましょう。
(1)フィンランド「Whim」
フィンランドのベンチャー企業が提供するサービス「Whim(ウィム)」は、世界で初めて都市交通でMaaSを実現させた事例として注目されています。
利用者は毎月定額料金を支払うか、または1回ごとの決済で、「Whim」が提示するいくつかの交通経路から最適なものを選択し、予約、乗車、決済まで一括して利用することができます。
「Whim」が提示する交通手段には電車やバスなどの交通機関のほか、民間タクシーやバイクシェア、個人の徒歩や自転車などもあり、スマートフォン等のアプリ画面を提示するだけで、指定した交通手段を利用できます。
2016年のサービス開始後には公共交通利用大きく伸びたほか、それまであまりなかったタクシーの利用が増加した一方、自家用車利用率は減少したとのことです。
(2)JR東日本
JR東日本はMaaS実現に向けて独自のビジョンを掲げています。
ユーザーの移動経路データや車両・設備のデータに加え、バスやタクシーといった交通機関、自動車の位置情報データなどとリアルタイムで連携し、乗客一人ひとりに応じた情報提供を目指す、というものです。
将来的にはバスや自転車といった二次交通(電車に次ぐ2種類目の交通手段のこと)との高度な連携など、さまざまな移動手段を組み合わせたドア・トゥ・ドアの移動サービスを提供するとしています。
2017年には「モビリティ変革コンソーシアム」を立ち上げ、産学民の連携を推進し始めています。
(3)小田急電鉄
小田急電鉄も、MaaSへの取り組みを発表しています。
少子高齢化により沿線住民の超高齢化や若年層の流出が続けば、交通機関の利用者は減少します。
しかし、MaaSによりシームレスで快適な移動が可能になれば、駅から離れた住宅地でも利便性を維持し、住民の流出を防ぐことができます。
また、MaaS実現により多様な交通手段を提供することで、グループで開発する観光地への集客にも寄与することが見込まれます。
現時点では小田急電鉄と関連企業内でのデータ連携が意図されており、オープンデータを通じて他社の交通機関と連携するまではまだ時間を要すると見られます。
[参考]
次世代の交通 MaaS|総務省
https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/02tsushin02_04000045.html
6.まとめ
我が国におけるMaaSは、まだ実証実験の途上にあります。
しかし、一般ユーザーが生活の中で利用できるサービスとして実現すれば「都市の交通問題」「需要過多」「人手不足」「環境問題」「少子高齢化」「過疎地の交通問題」など実に様々な社会課題解決を期待できます。
フィンランドの成功事例に見られる通り、成功すれば交通や人流の変化に大きなインパクトをもたらすかもしれません。
日本での実現に向けて、より踏み込んだ議論や法整備が必要ですが、今後の動向に要注目です。