インタビュー

「社内メンバーにとっての『安心感』『譲れない』を無理に奪おうとしない」帯広の電気工事業「相互電業」の働き方改革

「自宅で愛犬ともっと一緒に過ごしたい。在宅勤務ができれば叶うのではないか?」

北海道帯広市の電気工事業である相互電業株式会社のクラウド活用は、管理部社員の今野さんの願いから始まった。

しかしながら、当時の社内業務は超属人化しており「システムを変えないで」と反発の声も現場のあちこちから挙がったという。

その状況から、いかにしてクラウド活用による働き方改革を成し遂げたのか。

相互電業株式会社の今野 愛菜さんに、働き方改革実現の舞台裏を聞いた。

今野 愛菜 氏
相互電業株式会社 管理部
小売店の販売員を経て相互電業株式会社に入社し、総務・経理業務を担当。その傍ら、業務改善プラットフォーム「kintone」導入を推進し、社内DXの牽引役も務めている

「在宅勤務を導入できないだろうか…?」小さな願いから始まったクラウド活用

総務・経理担当の事務職として相互電業に入社した今野さん。実はIT畑のバックグラウンドは持ち合わせておらず、何も知らないところからのスタートだった。

今野氏:
「端緒となった思いは、実は個人的なものでした。会社として『在宅勤務を推進します!』という流れではなかったんです。私は生活の中で、愛犬と過ごす時間を重視しているのですが、『仕事をしている間、ペットを留守番させておくのが当たり前』という考えにそもそも疑問を持ち始めたんです。自分の勤務先でも在宅勤務を導入できないだろうか?と考え、自ら操作できそうなクラウドシステムを探し始めたことが発端です」

当時の社内の様子を尋ねると、次のような答えが返ってきた。

今野氏:
「業務ごとに別個のシステムが乱立している上に、紙の併用も多かったですね。担当業務にはどのシステムを使ったら良いのかと、頭を悩ませてしまうような状態でした。社長は以前からクラウドのような新しい仕組みや、業務改善そのものに高い関心を持っていて、Salesforceや稟議書システム、その他各業務に特化したシステムなど、良いと思ったものは次々に導入していました。ところが、現場業務そのものの属人化を解消しないまま新システムが追加され、社内の皆がそのスピード感についてこれていない。適応できる人と、そうではない人が出てきて、社内の足並みも揃っていませんでした」

会社としてIT・クラウドを活用したい思いはあるものの、何が真の課題なのか答えを得られないままツール導入だけが進み、IT化がうまくいっていなかったのだ。「最大の課題は、現場業務の超属人化でした」と語る今野さん。各工事案件の進捗状況がすべて属人化、可視化・共有できておらず、社内会議のトピックはすべて「案件の進捗状況」だったという。

その状況から、今野さんが旗振り役となってサイボウズの業務改善システム「kintone」の導入を進めた。結果として各工事案件進捗状況の可視化・共有に成功し、現在では会議の場で「今後の営業アプローチ」「採用活動」など、先の打ち手に向けた深い話、つまり本来深めるべき議論を展開できるようになったのだ。同社にとって、働き方改革の要であるkintone。プロダクトを知ったきっかけについて、今野さんは次のように語る。

今野氏:
「クラウドシステムについて調べ始めて、最初に見たのがサイボウズの『サイボウズ式』というオウンドメディアでした。そこで『100人100通りの働き方』という人事制度を見て純粋に『凄い!』と思いました。kintoneというツールが活用されていることを知り、さらに詳しく調べてみるとノーコードでアプリなどを作成することができ、チームワークを良くするためのツールだと分かって『これなら自分でもできそう』と、ピンときたんです。他のノーコードツールも調べ、上司と具体的な相談も深めていきましたが、やはり自分が実際に業務改善を進める点を踏まえると、使い方が簡単で事例豊富、使いながら勉強できる仕組みがマストだという考えに至りました。つまり、プロダクトの良さだけでなく、付随するサポート体制なども重視した結果、kintoneに決めたんです。社内全体で業務効率化を図り、現場担当者には本来注力すべき現場作業に集中して欲しい。社長も課題解決に前向きな関心を示してくれました」

現場の声を吸い上げ、社内業務はほぼkintoneへの集約に成功

社員ひとりひとりにkintoneのユーザーIDを付与し、PC・スマホいずれからもアクセスできる状況に整えた。実際に相互電業の皆さんが使用するkintoneの画面を見せていただいた。日々の業務で必要な項目を洗い出して集約したものだ。

アイコンをクリックすると、「案件工事一覧」「精算」「請求」など、各業務に即したアプリやスレッドにアクセスできる。CADデータや、官庁・ゼネコン提出専用のExcel書式作成以外は、ほぼkintoneへの集約に成功しているという。2018年秋にkintone導入の意思決定をし、2019年に導入を開始、社内定着までに約3年を要したという。社内の説得はどのように進めていったのだろうか。

今野氏:
「『新システムに興味ある人!』と社内で呼びかけたら何人か集まってくれて、関心の高いメンバーが起点となり、手分けして全社員に対するヒアリングを進めていきました。ヒアリングで聞いたことは2点、『既存システムの課題点』『今後どうなりたいか?』です。現場の声を吸い上げて、すり合わせをしながら導入を進めていきました」

ヒアリングの結果、転記作業が多発して煩雑さに悩まされていた「精算・請求の帳票作成」のタスクからkintoneに乗せていくことで、改善効果が大きくなるのでは、という仮説を導き出し、まずは精算請求業務をアプリ化すべく試行錯誤、検証を繰り返した。

今野氏:
「アプリ作成は自分自身が言い出したことなので『社内で一番、kintoneに詳しくなる!』と腹を括ってkintoneコミュニティのヘルプや事例から徹底的に学びました。システムやITに詳しい上司の助けも借りました」

しかし当時の社内では、システムに対する拒絶感もあったという。既存システムが複数乱立する状態が背景となって「システムそのものが面倒」「ログインが面倒」という心理が膨らんでいたのだ。

今野氏:
「拒絶反応を示す人には『サポートはするから、重要な業務からkintoneに乗り換えていこう』と個別にフォローをして、理解を得られるよう努めました」

一対一のコミュニケーションを重ね、定着へ

社内のメンバー一人ひとりとの対話を深め、丁寧なフォローを重ねたものの、導入後もまた苦労の連続だったという。

今野氏:
「社内メンバーの平均年齢は高く、中にはキーボード操作をはじめパソコン自体が苦手な人もいます。そこで、なるべく少人数でのワークショップを開催しました。こちらからの一方的な『システム説明会』という形式ではなく、まずは各自が抱えている思いを発言してもらうんです。既存システムの良い点、悪い点、今後なりたい姿を一人ずつ発表してもらいました。その結果、『良い会社を目指していきたい、そのためには課題解決が必要』という点は社内の皆が一致していると可視化できました。

ワークショップ開催までに、プロジェクトメンバーで現場業務に即したアプリを作成しておいて、実際にその場でみんなに触ってもらう工夫もしましたね。実際にkintoneを使ってみて、『どこが良かった?』『今の課題を解決して、運用できると思いませんか?』という対話を繰り返していきました」

ところが、ネガティブな心理が勝るが故に、ワークショップの場にすら参加してくれない人もいたという。そこはどう工夫したのだろうか?

今野氏:
「そういう人に対しては、一対一でヒアリングをしました。システムの話に限らず、『今後会社がどうなったら良いと思う?』『どうしてネガティブに捉えているの?』など、その人の背景を知ることから丁寧に取り組んでいき、とにかく全員とコミュニケーションを密にとることを重視しました」

kintone上でアプリを作ること自体はほんの数時間で実現するが、それ以上に社内コミュニケーションの時間をしっかり確保することが重要だと今野さんは強調する。

今野氏:
「1人につき2時間対話したこともありました。『紙でいいじゃん』『今のままでいい』『変えるのは面倒』『新しいことを覚えるために現場作業が滞るのがイヤ』などいろいろな声が挙がりましたね。『でも、帳票の転記が何度も発生するほうが面倒じゃない?今後、会社をより良くしていきたい思いは一緒ですよね。今面倒に感じていても、より便利で時短になるなら乗り換えようよ、使えるようになるまでサポートするから!』と根気強く説得を続けました。こちらの思いの押し付けではなく、なぜ今抵抗しているのかを丁寧に解きほぐしていったんです」

「『新システムより、電卓を叩くほうが安心』という人も居ました。その人に対しては『電卓も使っていいよ、でもkintoneもマストで使ってください』とお願いしました。すると、後に転記作業が不要だと分かって、自然とkintoneに移行していたんです。社内メンバーにとっての『安心感』『譲れない』を無理に奪おうとしないことも大事だと感じました。最初は併用で良いよ、でも必ず新ツールを実際に触ってみてね、とフォローをすることで、良さを理解してもらう方向に促すことができました」

クラウド活用や働き方かいかくの成功事例の中でも、トップダウン型、ボトムアップ型、いずれのケースも見られる。新たなツールの導入に際しては、現場に定着するまでのスピードと、経営側が求めるスピードが食い違ってくる場合も少なくない。相互電業の場合はボトムアップ型だったと言えるが、現場と経営者の双方を説得していくうえで、今野さんが心がけていたことをを尋ねた。

今野氏:
「現場に対しては、相手の感情・視点を、否定しないことです。一方、社長の視点・発想というのは、私からは分かりづらい場合も多いので、同じ風景を見られるように、直接考えを聞いたりしました。『より良い会社になりたい』という思いは、現場も経営者も同じです。双方の間を埋めていくような行動を心がけました」

クラウド化は、社内のマインドチェンジにも寄与

今野さんが現場と社長の媒介役となり、小さな対話を粘り強く積み重ねることで、kintone活用は軌道に乗り始めた。クラウド活用で「場所を問わずに業務が完結する」という成果に留まらず、社内のマインドチェンジにまで貢献しているという。

今野氏:
「kintoneというツールのお陰で、『自分の意見を言えば、社内のシステムを変えることができる』『社長も理解してくれる』と発想が変わる人も少しずつ増えていきました。新機能リリース時には『○○さんの意見から開発しました!』と全社スレッドでアナウンスし、『意見が通ること』の可視化に努めています。その副次的な効果として会議での発言に関しても、皆、積極的になってきたように感じています」

「また、十勝・帯広エリアは広いので、現場までの移動に片道1〜2時間かかるケースもありますが、遠方の現場担当者との意思疎通や状況確認もスムーズになりました。クラウドのお陰で、移動せずともチャットでいつでもコミュニケーションができ、遠い現場の人とも距離が近くなったように感じています。現場の近い・遠いに関わらず、メンバー皆が、社内に一様にアクセスできる環境へと改善されたんです」

「まちの電気さん」から、一歩先へ

「業務改善」に対しては、苦しみや面倒を伴うものというイメージを抱く人も少なくない。しかし、「kintoneなら苦しくないレベルで、社内の皆がステップアップできる」と今野さん。

今野氏:
「kintone上の帳票入力に関して、最初はラジオボタンやプルダウン入力のみとしていました。次第に、パソコンが苦手だった人も慣れてきて、テキスト入力ができるようになったりと、一つずつ出来る項目が増えるにつれ、提案や意見出しの内容そのものもステップアップしていきました。kintoneというツールを介して、社内の皆でステップアップしていっているんです」

同社はサイボウズ株式会社主催の「kintone AWARD 2021」にて、最もインパクトのある業務改善を実現した企業としてグランプリに選出された。kintone導入企業同士の交流イベントにも積極的に参加する理由を聞いた。

今野氏:
「ITの知識が何も無いところからここまで来れたのは、kinoneコミュニティやナレッジを活用させてもらったからこそです。勉強はオンラインでもできますが、リアルで学ぶ場と比較すると得られる情報量が格段に違います。はじめは、十勝・帯広エリアにkintone仲間がまったく居なくて苦労もしました。だから今後は私自身が、十勝・帯広にも取り組んでいる人がいるよ、事務員の立場でもここまでできるよと発信することで、誰かの力になりたい思って登壇しているんです」

「コミュニティが広がると、さまざまな刺激も受けます。他のツールの事例を知って、クラウド活用に関する新たな可能性を見出したり、業務改善をさらに進めるべく決算書の読み方を学び始めたり…。

また、新聞などに取り上げられたことで、地元企業で同じ課題を抱える人から問い合わせを受け、kintoneの導入レクチャー役としても既に動き始めています」

十勝・帯広エリア内での情報発信に限らず、全国に向けて発信することで、相互電業に向けられる眼差しは「まちの電気屋さん」から「DX・クラウド実践の先駆者」へとアップデートされた。どんな会社でも使えるクラウドシステム導入を成功させたことで、新たなビジネスの可能性も広がっているようだ。