インタビュー

「3D都市モデルを当たり前の社会インフラに」国交省PLATEAUプロジェクトの舞台裏

コロナ禍を契機に、我が国ではあらゆる産業においてDX推進の機運が高まった。その潮流は民間企業の中だけではなく、政府・自治体でも同様に見られ、2021年9月1日にはデジタル庁も発足。今後、行政サービスやまちづくりでのDX推進に関心を持っている方も多いのではないだろうか。

そんな中で注目すべきは国土交通省の3D都市モデルプロジェクト「PLATEAU」だ。

PLATEAUとは国土交通省が主導する、日本全国の3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化プロジェクトである。コロナ禍を経てスピーディーに立ち上げられた、官民協働の可能性が広がるオープンイノベーション的な取り組みであり、全省庁で見ても珍しい存在として多方面から注目を集めている。

本記事では、これからのビジネス、あるいはまちづくりにおいてPLATEAUをどう活用できるのか、国土交通省の内山氏に詳しく話を伺った。

インタビューした人

内山 裕弥 氏
国土交通省 都市局都市政策課 課長補佐

1989年東京都生まれ。東京都立大学、東京大学公共政策大学院で法哲学を学び、2013年に国土交通省へ入省。水管理・国土保全局、航空局、大臣秘書官補等を経て現職。

 都市の「デジタルツイン」が実現

そもそも、Project PLATEAUはどのような経緯を経て誕生したのだろうか?国土交通省が主導すべき必然性も含め、その背景を聞いた。

内山氏:

「まず長期的な観点では、1995年頃から活用が本格化した「GIS」を都市計画分野に応用した『都市計画GIS』の取組の系譜があります。。

GISとは、要するに電子化された地図のことです。阪神淡路大震災で、被災地は面的な被害を受けました。その被害状況の把握や、復興計画の立案を行う必要がありましたが、当時は使える地図データがほとんどなく、非常に苦労したという話があります。それを契機に、政府の政策としてGISの活用が本格化していきました。

都市計画とは、『ゾーニング規制』等の手法を用いて『コンパクトシティ』などサステナブルなまちづくりを進めるための計画です。例えば、『このエリアを住宅地にしよう』、『このエリアは商業地にしよう』、『交通はこう結ぼう』といったプランニングをするということです。その前提として、特定の地点が現状、地理的にどう使われているかの情報が不可欠です。GISデータで都市の姿を可視化することによって、データに基づく科学的なプランニングが可能になり、サステナブルなものになります。だからこそ、都市計画GISが推進されてきたんです。」

PLATEAUは、その都市計画GISの流れを汲む存在だと言う。

内山氏:

「PLATEAUのデータは、3Dで見た目が面白いというか、目を惹きますよね。しかしそのバックデータは2DのGISデータを使っているんです。都市計画の分野では、世の中の人にあまり知られていないだけで、何十年も前から地図や地図に紐づく都市の情報を調査し、蓄積してきています。これらの情報をGISデータ化したものを活用して3D都市モデルを作ってはどうか、というのがPLATEAU誕生のきっかけです。GISという長い取り組みの最先端かつ、GISの領域を広げる取り組みだと言えます。これまでのGISを地図データとしてだけではなく、少し違った多様な領域、つまり、民間サービス・プロダクトにも3D GISを活用してもらおう、という取り組みがPLATEAUなんです。このように、長いスパンの経緯があります」

PLATEAU誕生には数十年に及ぶバックグラウンドがあるとは言え、コロナ禍が無ければ2020年には発足しなかった、と内山氏は語る。

 

内山氏:

「コロナ禍のインパクトは大きかったですね。デジタル化できるものは、移行しようという流れが一気に広がりました。従来、役所とはデジタルに疎い存在でもありましたが、DXを推進しなければならないコンセンサスが生まれたことが大きな契機になりました。コロナ禍をきっかけに、役所がデジタルにリソースを分配することに抵抗がなくなり、むしろもっとやれ、という流れになりました。

まちづくり分野では、従来から都市計画GISというどちらかというと地味なデジタル化には取り組んでいたものの、もう一歩DXを進めよう、ということで、3Dにするしかない、と。

都市の「カタチ」と「意味」を3次元で表現できることは、要するに人間が目で見ている情報をそっくりそのままデータ化できるということであり、いわゆる『デジタルツイン』の実現が可能になります。例えば、PLATEAUの3D都市モデルを用いて、まちづくりのシミュレーションができるんです。どのように都市計画を立案すれば一番サステナブルか可視化でき、もっと効率的に全体最適化されます。

さらに、PLATEAUは、オープンイノベーションの考え方に基づいています。今までまちづくりにあまり関係が無かった人に対しても、都市のデータを使ったソリューションを生み出してもらうことで、その効果が街で暮らす人々の生活に還元されることを狙いにしています。国交省でこのようなプロジェクトは従来、あまりなく、新しい取り組みだと言えます」

PLATEAUの活用によって、暮らしやすい、ビジネスを展開しやすいまちづくりを市民目線で描くことが可能になる。このようなプロジェクトは、全省庁的に見ても珍しい存在だ。国交省の中のPLATEAUチームが直轄でプロジェクトをコントロールし、クオリティを担保している強みもあるという。『デジタルツイン』の取り組みにあたっては、フィンランドの事例を参考にしたそうだ。

内山氏:

「フィンランドでは、Helsinki 3D+という3D都市モデルのプロジェクトが古くから存在し、オープンイノベーションを追求する上で手本となる存在です。データをオープンにすることで、数多くのソリューションが生まれることをリサーチや対話から学びました。スマートシティ、街を建設する際の住民説明やアイデア募集、エネルギー供給のコントロールや政策立案など…豊富なユースケースを見てモデルにしました。

国土交通省では、全国スケールで様々な領域のデータを収拾しています。このようなリッチなデータを活かしたイノベーションの創出という考えは、国土交通省にむしろマッチした考えではないかと思います。これまでは、それがあまり知られていないし、使われていなかった。せっかく良いデータを公共セクターが持っているのに、あまり活用されていないことにずっと問題意識を持っていました。

そこで、もともと保有していたデータの形を少し変え、PLATEAUとしてローンチすることで、『これは活用できるな』と改めて気づいてくれた人も結構いるのではないかと思います」

PLATEAUでまちづくりが劇的に変わる

PLATEAUの3D都市モデルを活用することで、これからのまちづくりは劇的に変わる、と内山氏は語る。その詳細を詳しく聞いた。

内山氏:

「従来も、都市計画のプランニングにおいては、交通量調査や土地利用状況の分析から、『このエリアは、こんな都市機能の需要があるだろう』といったことをシミュレーションしていました。しかし、シミュレーションの土台となる都市の空間情報が充実していなかったため、限定的なシミュレーションにならざるを得ない。

特に、今の日本では、人口も、税収も減少しています。昔なら『大きな道路ができて移動の利便性が高まると良い』というのが住民ニーズでしたが、今はそうでも無くなってきました。例えば、『賑わい』、『憩い』、『緑地』、『駅前広場が気持ち良い』といった点が重視されます。そのような市民目線のニーズに応えるためには、ハードの整備効果に着目した従来のシミュレーションには限界があり、もっと市民目線のデータに基づくシミュレーションが必要なんです。

例えば、駅前などの立体空間に渡す『ペデストリアンデッキ(横断歩道橋)』など、昨今よくある存在ですよね。でも、それをどの地点からどの地点まで渡すべきか、つまり、空間の歩行者量はどれぐらいになるかシミュレーションするためのデータが今までなかったんです。

そこでPLATEAUなら、空間設計においても整備効果を可視化でき、人々にとって最適なまちづくりを計画できるようになります。

大きな駅舎の中など、空間を動いている人の流れを可視化することで、『ここは人が密集しすぎている』、『この通路は誰も使ってない』、『道に迷って引き返してる人がいる』など、具体的な人流データを集めて空間設計に活用することができるんです。

センサーやカメラを街なかに設置する計画などでも、『電源はどこにあるのか?』、『どのスペックを、どんな角度で、何個配置すべきか?』、『どうすれば街区全体をセンシングできるか?』など、従来であれば人力で調査して立案していたものを、データでシミュレーションできるようになり、スピーディーで効率的です。

ここ20年ほどの都市空間における容積率の変化も動画で可視化できます。『高い建物がどれだけできていったか?』を可視化できるんです。これは、『コンパクトシティに取り組むべきエリアをどの範囲にすべきか』とか『商業施設はここに配置すべき』、『住宅地はここに配置すべき』とか、都市計画にこれから取り組む際、街の現状はどうなっているのか、あるいは、遡って時系列的に把握することもできます。プランニングのエビデンスになるということです。

災害リスク、洪水リスクの可視化や、これから建つ予定のビルの情報も3Dモデルで可視化できます」

地方自治体にとって一番着手しやすいPLATEAUの活用は、例えば防災ワークショップなどです。ハザードマップを3次元化できたり、浸水想定エリアを時系列で可視化できます。

『避難計画を確認してみよう』、『居住エリアについて、こんな浸水想定が出ていますよ』と見せることで、住民の防災意識が高まり、啓発に活用できます。どこの自治体でも取り組んで欲しいです」

実際にPLATEAUのビューワー上で「この街は、こんなイメージに変わります」と3次元ビジュアルで見せられると、住民目線で分かりやすくインパクトも抜群だ。

このような「デジタルツイン」を活用して都市計画を進めていくことが当たり前の世界にしていきたい、と内山氏は語る。

「面白そうだけど、手を出しづらい」をいかに払拭するか?

PLATEAUのコンテンツがさらに充実し、ユーザーの利便性が向上するためには、各地方自治体の参画が肝になる。自治体側のメリットや、参画に際しての課題を聞いた。

内山氏:

「PLATEAUのデータを全国に展開させるためには、地方公共団体を主体としたデータ整備の機運を作っていく必要があります。そこで現在、3D都市モデルの整備に取組む地方公共団体向けの財政支援制度を検討しています。3D都市モデルは、これからの社会のデジタル・インフラです。当たり前に存在するものとして広げていきたいと考えています。

また、3D都市モデルの整備手法の効率化も重要です。先述したようにオリジナルデータとなる2DGISは既に存在しているのですが、それを3Dデータに起こす過程で人手がかかります。特にLOD2以上の詳細度が高いものはコストがまだまだ大きい。それをいかに自動化するか、技術開発や、AIを使った画像解析推進などにも取り組んでいかなくてはなりません。令和4年度に本格的に着手していきます。

PLATEAUを広めるための地道な取り組みも、いろいろと進めています。

例えば、自治体向けのGISやプログラミングに関する研修です。担当者のデジタルスキルを上げ、自分でデータを作ってみると、『PLATEAUでこんなことができるんだ』、『こんなことをやってみたい』など、PLATEAUの利点を実感してもらえると思います。

また、3D都市モデルに各地域のデータを載せていく中で、『建築物の著作権については、どう考えたらいいの?』といった、法的な疑問も出てくると思います。国交省としても、統一ルールの明文化や自治体向けへの周知が重要であると考えており、関係省庁と協議して地方公共団体が参画しやすい環境を作っていきます。

現状では、PLATEAUについて地方公共団体の職員はあまり深まっておらず、『面白そうだけど、手を出しづらい』という想いがあるのではと思っています。このため、国土交通省として、先述したような様々な支援策やベストプラクティスの展開、技術開発の促進等に取組むことで、地方公共団体における活用の裾野を広げていきたいと考えています。」

ユーザーフレンドリーを追求した開発

Project PLATEAUは、中央省庁におけるアジャイル的プロジェクトの先駆け、という印象も受ける。プロジェクト進行の中で、工夫している点を聞いた。

内山氏:

「そもそも、都市計画GIS自体がマニアの世界でした。 ソリューションの広がりがあまりなく、市民生活がどう変わるのか見えづらい側面がありました。すると、都市計画GISの存在意義自体が危うくなっていきます。だからこそ『ソリューションをどう作るか?』を重要視しています。そのためには広いネットワーキングが大事です。私自身、講演会やトークイベント、官民コンソーシアムなど様々な機会を使って業種業界を問わず意見交換をし、いろいろな所に種まきをしながら、ソリューションを開発していくように動いています」

「そして、情報発信も大事です。パッと見て、面白そうだと思ってもらえるよう、訴求力のあるサイトや文章にしています」

確かにProject PLATEAUのサイトは、「あまり省庁っぽくない」印象だ。

 

内山氏:

「それは、今までの反省もあります。オープンデータのサイトというのは、政府関係でもいろいろ存在しています。しかし、興味を持ってもらえず話題にもならず、誰にも活用されないと消えていく運命を辿るものもあります。だからそうならないよう、気をつけています」

PLATEAUのサイト内には、ブラウザ上ですぐに3Dデータをプレビューできるビューワーも実装されている。ユーザーフレンドリーにこだわった仕様であることが伺える。

 

内山氏:

「まだまだ改善の余地はありますが、エンジニアフレンドリーを追求しています。

『PLATEAUを誰に使ってほしいか』、『誰に使ってもらえれば広がるか』と考えて、ターゲット層、ユーザー像を明確にしているんです。

実際にデータを扱う人に向けて、メタデータの整備や、ディレクトリ構造の統一なども重要です。エンジニアと言っても、さまざまなスキルやレベルの方がいますが、マニアックになり過ぎず、多くのエンジニアにアプローチできる見せ方が重要と考えています。『オープンデータを使った開発には興味があるけど、地理情報にはそこまで詳しくない』という方も多いと思います。ビューワーを充実させるなどしてユーザーの裾野を広げるためにいろいろ工夫しています。

UI・UXに関しては民間企業の方、エンジニアの方との交流・対話を参考に、チーム内で日々勉強を重ねて、洗練されたアウトプットを目指しています」

最後に、民間企業によるPLATEAU活用に向けた期待について伺った。

 

内山氏:

「『とにかくどんどん使って欲しい』、この一言に尽きます。

例えば令和3年度では、自動運転システムの開発にPLATEAUを活用する技術検証を行っています。

その他にも、カーボンニュートラル関連など、新技術の開発に活用している事例もあります。

こういったPLATEAUを活用して社会課題を解決するソリューションを生み出すためには、民間の技術が必要不可欠です。業種に関わらずPLATEAUを使っていただいて、『うちだったらこんな取り組みができますよ』といった提案を、どんどんして欲しいです。良いアイデア、イノベーションがあれば官民協働プロジェクトも生まれるかもしれないし、自社の商売につなげてもらう考えも良いと思います。そのような利用の広がりを、民間企業に期待しています。

PLATEAUを活用して、広告効果シミュレーションを公開している会社や、電波の広がりを解析するシミュレーターを作って、ビジネスにつなげている会社もあります。また、PLATEAUをベースにデジタルツインのプラットフォームを提供する企業も出てきました。防災やまちづくりなどの制作を高度化するソリューションをデジタルツインを用いて提供するといった新しいサービスの形態です。

我々が想定していなかったような、AR系のエンターテインメント分野での活用事例も出てきました。

PLATEAUにはまだまだ、発掘の余地があります。領域は問いません。toCからtoBまであらゆる業界で活用して、どんどんビジネスにつなげてほしいですね」