インタビュー

「MaaS」「公設クラウドソーシング」で街を変える!長野県塩尻市の地域DX

デジタル技術を活用し地域を変革する「地域DX」の取り組みは、自治体の力だけでは実現不可能である。住民一人ひとりのデジタルリテラシーを高めながら地域内のデジタル・ディバイドを解消し、新たなサービスを生み出すことが不可欠だからだ。そこで、産官学で連携していくことが求められる。

産官学連携においてどのようなポイントを押さえれば、新たな価値を創出できるのだろうか。また「これまで」と「これから」では何を変えれば良いのだろうか?

2022年4月27日にオンラインイベント「テクノロジーと官民連携でまちを変える-長野県塩尻市のMaaS事例と地域DX推進事例から学ぶ-」が開催され、長野県塩尻市 産業振興事業部先端産業振興室の 太田 幸一 氏をゲストに迎えて地域DX推進のポイントについてディスカッションを展開した。

主催:一般社団法人日本デジタルトランスフォーメーション推進協会
共催:Re:Innovate Japan、日本DX大賞実行委員会

太田 幸一氏
塩尻市産業振興事業部先端産業振興室

2000年に塩尻市役所入庁。商工課、関東経済産業局、 塩尻市振興公社、企画課、官民連携推進課において、 ICTインキュベーション施設「SIP」· 自営型テレワーク推進事業「KADO」·シビックイノベーション拠点「スナバ」·自動運転· MaaS·塩尻市DX戦略など、 産業振興領域での新たな施設や施策の立ち上げを担当。 現在は先端産業振興室においてこれまで立ち上げてきた施策のマネ ジメントや新規施策の立案を担当。

20年以上積み上げてきた塩尻市のデジタル関連施策

長野県の県央に位置する塩尻市は、人口6万6,000人の中小規模都市である。
交通の結節点であり古くは中山道の宿場町として栄えた。現在、特産品としてはワインが挙げられるなど、主要産業は製造業である。

その塩尻市では、地方創生プロジェクトとしてMaaS、公設クラウドソーシング、
それらを支える官民連携の仕組みなど数々の注目すべき施策を推進している。2000年にスタートした各種デジタル関連施策を積み重ねながら現在に至っている点も特徴だ。

 

 


太田氏:
「まず2000年には、総務省の支援により全市に光ファイバーを敷設しました。
2006年には、経産省、信州大学と連携して『塩尻インキュベーションプラザ』を開設、
民間企業との横連携を構築できました。

民間企業との横連携から自営型テレワーク推進事業『KADO』が生まれ、
『KADO』から自動運転やMaaSの取り組み展開へと繋がりました。

2021年には、腰を据えてデジタル施策に取り組むために『自治体DX戦略』を策定。
さらに、今まで生まれた取り組みを全て有機的に繋げ、地域DX推進の中核となる施設
『地域DXセンター(仮称)』開設の準備を進めているところです」

各地の自治体では、新規施策が3年程度の単位で終了してしまい、取り組んできた資産が
生かされないケースも散見される。しかし、塩尻市では20年以上にわたる積み重ねが成功していると言える。その要因を聞いた。

太田氏:
「自治体の規模感も要因だと言えます。部署を超えて互いに顔が分かり、連携しやすく、
自発的にチームを組みやすい市役所庁内です。民間出身の市長もメンターとなって新しい取り組みの後押しをしてくれます。部署の枠を超えてアイデア·提案を提供したり、事業に関与しやすい組織文化が塩尻市の大きな特徴だと言えます」

とは言え、行政組織内には「縦割り文化」が根強く残る側面もある。部署を横断した連携で苦労した点は無かったのだろうか?

太田氏:
「現在、私が所属している部署(産業振興事業部 先端産業振興室)は、DX推進の目的で
新たに立ち上げたものです。部署を横断してさまざまな施策を進めるうえでステークホルダーの調整役です。調整に苦心する日々ですが、庁内のコミュニケーションに丁寧に気を配りながら動いています。

そして、市の組織内における新たな人事制度の設計も進めています。リーダー(首長)や
担当者が変わると、大きく施策の方針転換がなされることもあります。しかしそれでは、
連携先の民間企業と円滑にプロジェクトを続けていくことができません。よって、採用・育成・配置にマンパワーを掛けられるよう、デジタルの力を借りて取り組みを始めています。人事課を絡めることが、基礎自治体におけるDX推進・継続の鍵だと言えます。

DXのビジョンを描く際、外部コンサル・ベンダー等に任せっきり、というのは基本的にダメだと思っています。地域内で抱える課題は行政がしっかり深堀りしなくてはなりません。
課題解決の手段となる新しいソリューションは、コンサルやベンダーに求めることが必要ですが、戦略の肝となる部分は自分たちで取り組むべきです。
特に『0→1』の領域においては、自分たちで軸足を固めることが大事だと考えます。

そのために『ミッション、ビジョン、バリュー』を常に考えることも重要です。
民間との協業がどんどん進むと『公共セクターの役割って何?』と曖昧にもなりかねません。各立場の強みを活かしながら、担うべきことをやっていく。いつも意識しているポイントです」

MaaSの社会実装

塩尻市では現在、MaaSの社会実装が進んでいる。なぜMaaSに注力するのか、その背景を聞いた。

太田氏:
「目指しているのは『誰もが安心して便利に暮らせる地域社会』で、地域住民・事業者の安心・利便性向上が目的です。DXはあくまで課題解決に向けた手段だと位置付けています」

塩尻市が抱える地域課題について、太田氏は次のように続ける。

太田氏:
「かつて運航していた民間公共交通(路線バス、JR)が撤退してしまい、公共セクターが
地域交通運営を担う必要性が出てきました。
1998年からコミュニティバス(定時・定路線バス)を運営してきましたが、高齢化で大型2種免許保有者の深刻な担い手不足に直面しました。また、自治体として年間1億円の予算を投入し、一律運賃100円で運営してきましたが、マネタイズできず、収益悪化に陥っている側面もありました。

さらに、住民のオーダーに応え続けた結果として10路線運航していましたが、
実際には利用者がほとんどおらず、1便あたり乗客2人という日もあるのが実情でした。
人が減る一方で、経費は増えていく…危機感を抱いていた時に、塩尻市として一連のデジタル関連施策がスタートし、まずはこの地域課題を解決すべきだと交通DXに取り組み始めたのです」

 

塩尻市が目指す都市像について、太田氏はこう語る。

太田氏:
「目指す都市像は、市街地の利便性と、農山村集落の豊かな暮らしの共存です。
中心市街地に全ての都市機能を集約するような構想ではありません。
少子高齢社会の中、『市街地ゾーン』『田園ゾーン』双方をいかに繋いでネットワーク化していくか?という点が課題です。そこで『交通』の要素が重要だと考え、DXによる変革を目指したのです」

 

 

太田氏:
「交通DXを進めていくにあたり『自動運転』と『MaaS』の導入が必要だと考えました。
自動運転の社会実装は相当先ですが、交通DXを支える基盤技術、トリガーとして上手く活用し地域実装を目指す方針です。

そして、MaaSは地域住民のQOL向上に直結するものだと位置付けています。交通と繋がる新しいサービス、ソリューションをどんどん開発し実装していきます。具現化の一例として現在『AI活用型オンデマンドバス』の市街地における社会実装が始まったところです」

交通DXへの注力は「自家用車から公共交通への転換を図りたい」という理由もあるのだという。

太田氏:
「地方では高齢者の免許返納がなかなか進みません。そこで、自家用車から公共交通への
転換を図ることで、交通事故を抑止したいという意図があります。また、移住促進の目的もあります。地域内交通の充実化で、移住者のマイカー負担必須をなくしたい。

そして、地域内への企業誘致のためでもあります。先進的な取り組みをしていることで数々の企業が関心を持ち地域へ参入・協業してくれて、関係人口を増やす狙いもあります。
あとは、新しい技術を地方で常に動かしていくことで『住民のリテラシー向上』
『子どもたちのキャリア形成』にも良い影響をもたらし、地域DX推進に重要な要素となるのではないかと考えています」

「AI活用型オンデマンドバス」の社会実装が既に始まっている塩尻市。MaaSのトライアルを始めたのは2020年からだった。

太田氏:
「3つの取り組みを同時に仕掛けました。

①タクシー型自動運転レベル2技術実証
②バス型自動運転車両自動運転バスの運航実験(社会受容性向上)
③オンデマンドバスの社会実装に向けた実証実験

自動運転車両・技術に関しては協業先企業にお任せです。我々行政の注力ポイントは
『テストベッドの提供』『地域内での調整』『地域内でDXを担う人材の育成』です。

特にオンデマンドバスは社会実装を目指していたので、いかに住民に使ってもらうかが
焦点であり、最も苦心しました。毎晩、公民館に出向いて住民説明やヒアリング、スーパー店頭での街宣活動など、マーケティングに力を入れました。
オンデマンドバスは『バス停で待っていれば時刻になれば来る』ではなく、スマホか電話で呼ぶ一手間が生じますから、反発の声もありました。『実際やってみると便利だから、
やりましょう』という説得に注力しましたね」

次年度の2021年には、さらに一歩進んだ取り組みとなって続いた。

太田氏:
「自動運転タクシーは『レベル3』となり塩尻駅〜塩尻市役所の間を運行、インフラ協調、
信号連携など、多くの企業と協業で進めました。今後『レベル4』の実験もやりたいので、
それに繋げる取り組みです。

自動運転バスの実験では、新しいEV車両を導入、時速19キロで市の拠点施設〜商業施設を
結んで運行しました。高精度3次元地図を作成、これは住民が作っていることも塩尻市の特徴です。そして住民に受け入れられなければ社会実装ができないので、社会受容性向上を目指して子どもたちを対象にした試乗会も実施しました。

AI活用型オンデマンドバスは社会実装に向け、有償の長期運航に切り替えました。
スマホアプリで『出発点』『到着点』『いつ乗りたいか』を入力するとミーティングポイント(=自分の近くにあるピックアップポイント)までオンデマンド運航します。
大型バス運転手は担い手不足なので車両はハイエースを使いました。タクシーの民業圧迫とならないよう、敢えてドアツードアではありません。乗り合いで車両をエリア内で効率的に回して、サービス最適化をしていきたいという目的もあります」

実証の結果、利用客が少なく収益が悪化していた市営コミュニティバスの一部路線を廃止し、すべてオンデマンドへの切り替えに成功した。ユーザーは高齢者が多いものの
「新しいトリップが生まれていることが意外でした」と語る太田氏。保育園の送迎に向かう親子、休日の買い物や外出に利用する人なども出始めているのだという。

国交省・経産省は2025年、「レベル4(無人運転)」を国内40箇所以上で展開する計画を
掲げている。その一つに選ばれることが、現在の塩尻市の目標だという。推進体制においては、自動運転やオンデマンドバス、その周辺を支えるMaaS全般を運用する企業などとタッグを組み、官民協業で推進している。「実証実験で終わらない」ことを大事にし、継続性した発展を遂げてきたと言えるが、民間と協業のうえで留意しているポイントを聞いた。

太田氏:
「民間企業が継続的に実証実験・開発に取り組むことのできる『ハード』の提供が
行政サイドから必要です。そこから新しいサービスやソリューションが生まれたら、
関連企業が国のさまざまなバックアップも引き出しつつ、他自治体にも横展開を広げて
いく…そんな在り方が理想的です」

地域DXを支える公営クラウドソーシング「KADO」

「官民協業」は各自治体でも事例が多いスキームだが、塩尻市では公営クラウドソーシング事業「KADO」の存在が大きな強みとなっている。デジタルスキルを保有する地域住民が「自動運転に必要な3次元地図の作成」「オンデマンドバスのオペレーション」など、
地域DXの推進活動そのものに携わっていることが大きな特徴だ。

太田氏:
「『KADO』は、時短で働きたい人のための公設クラウドソーシングです。
都市部の企業・自治体から受託した案件を、フリーの個人事業主であるテレワーカーに
担ってもらいます。

地方都市だとハローワークにはフルタイムの求人が多いのですが、それだとマッチしない
人材も居ます。

その課題を解消すべく、2010年から始めた事業です。
当初は、ひとり親家庭に向けた就労支援事業と位置付けていました。就労環境の整備など
何らかサポートが必要な人に対し、セーフティーネットとして公共が支援する目的です。

働く場所は、市営コワーキング施設・自宅を自由に組み合わせられます。
ほぼPCを使った仕事しかないため、PC環境整備の支援も提供しています。

業務としては、DX領域で『デジタルツインのデータ作成』、事務系では『経理』
『データ入力』『自治体業務(GIGAスクール補助、ワクチン接種バックオフィス補助など)』が一例です。

クラウドソーシングは『1記事あたり報酬何円』など成果報酬が多いと思います。
当初そのような形を取っていたところ、皆さんクラウドソーシングという働き方に不慣れで、デジタルリテラシーもそれほど高くないがゆえに、時給500円相当程度の人がたくさん出てしまいました。よって現在は準委任契約、時給1000円程度で運営しています。

収益管理は外郭団体を立ち上げて行っていて、年間3億円ほどです。ワーカーは300人を
超えました。

最初は案件受注がなかなかなく、事業としては低空飛行でしたが、社会的意義や公的与信を強みとしながら受注規模を拡大してきました。『大都市圏だと家賃・人件費が嵩む』
『オフショアだと、クオリティやデリバリーに不安』といったニーズを汲み取って案件を
受注しています。塩尻市が取ってきた仕事を他自治体に対し(長野県内を中心に、北海道から九州まで)ワークシェアや、人材育成支援も行っています。

 

「KADO」の人材募集や育成で苦労した点を聞いた。

太田氏:
「フルタイムではない働き方にニーズが有ることが分かりました。しかし、顕在化されていないと言えます。その顕在ニーズにいかにリーチできるかが課題でした。ローカル紙、Web、SNS、クチコミ、そしてDM送付などあらゆる宣伝活動を展開しました。

人材育成の課題としては、稼働を望んでいるものの、即戦力としてのデジタルスキルが足りない方が数多くいることです。あるいは、産休復帰後の働き方に対し、仕事の現場で求められる内容とマインドギャップのある人もいる。そこをいかにサポート·育成するかが今後のポイントです」

大都市圏をはじめ、他地域からの仕事を公営で受注することに対して、批判を受けたり
民間企業と衝突してしまったこともあったという。それでも敢えて、公営でやることを選ぶ理由を聞いた。

太田氏:
「実は過去にWeb制作業務など、地元民間企業とハレーションを起こしてしまったケースも数多くあります。『KADO』は公共セクター事業であるため、グランドルールとして民業圧迫は避けなくてはなりません。そこで『デジタルツインのデータ作成』など、まだ日本で誰もやっていないような、チャレンジングな仕事を取りに行っています。ITベンダーとアライアンスを組んで取った仕事もあります。受注できる案件の選択肢は限られていきますが、
民業圧迫にならないよう、とても気を配りながら運営しています。

他地域との連携に関しては、そもそも自治体がコンサルやベンダーに課題を丸投げして、
民間にロックインされてしまうことが良くないと思っています。基礎自治体の地方創生の取り組みとは、国の交付金を使っているわけで…それが実は、大都市圏のコンサルやベンダーに報酬として流れていく、というのは、見直して最適化しなくてはならないと思っています」

デジタルスキルを持った地域住民が、地域DXを推進するうえでの補助業務を請け負う。
この仕組みが、地域社会にデジタル実装する上で果たしている役割は大きい、と太田氏は強調する。

太田氏:
「『KADO』のワーカーは、例えばデジタルツインのデータ作成など、アナログデータを
デジタルデータに変換する作業をしています。
デジタルイン・デジタルアウトがベースになり、全部がデジタル変革した暁には、行政サービスの変革が起こります。

プッシュ型サービスに転換できたり、データ連携することで新しいサービスが生まれる
可能性も広がります。しかしそれはすべてをデジタル化することが前提です。
そこで、デジタル・ディバイド対策が不可欠です。デジタル化に進む過程において、
アナログしか使えない地域住民を取り残してはならない…そのためには、アナログ-デジタル変換のプロセスが必要ですが、それをやってくれる事業者は地域内にいません。

だから『KADO』の仕事として行政のDX業務補助が存在しているのです。
現在、塩尻市ではこのスキームが上手く回っていると言えます。

例えば、AI活用型オンデマンドバスの電話予約オペレーターもKADOワーカーです。
アプリ予約が困難な高齢者等から電話を受ける役割ですが、ただ通話に応えるだけではありません。『どうすれば高齢者に対して分かりやすくサポートできるか?』と課題を深堀り
すべく、ミーティングスポット100箇所を回って考えたり、住民からのクレーム含めすべて記録して、連携先企業にエスカレーションしたり…地域の人がこのようなサポートに携わっていることが、地域の高齢者に安心感を与えています。

つまり『アナログ -デジタル変換』の役割だけではなく、『なぜデジタル化しない人がいるのか?』という住民間のギャップ·課題を可視化し、そこから『何をサポートすればデジタル·ディバイド対策が進むか?』というポイントにおいて、住民と行政の橋渡し役になっているのです」

自治体DX戦略を「行政DX」「地域DX」の二本柱とした理由

2021年に策定した塩尻市の「自治体DX戦略」は、「行政DX」「地域DX」の2本柱で構成されている。最後に、その理由を聞いた。

太田氏:
「『行政DX』だけでは、地域住民の生活向上に直結しないものもあります。
そこで『行政DX』と同時進行で『地域DX』に力を振り向ける考えです。MaaSを始めとする交通DXに留まるだけではなく、地域課題解決を次々に進めていきたい。

そのためには、生活の利便性向上に繋がる新たなサービス創出が必要です。
決して行政の力だけではなく、民間との協業が大前提です。地域内で官民連携の取り組みが円滑に継続展開できるよう、行政としては環境整備に注力する考えです。

今後も積極的に数々の実証実験に取り組み、その先の『社会実装』を重視して進めていきます」