インタビュー

組織のDX推進には会話できる土壌を~「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」刊行記念オンライン対談レポート~

デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」を出版された市谷聡啓氏と、日本デジタルトランスフォーメーション推進協会の代表理事・森戸裕一が、組織におけるデジタルトランスフォーメーション(DX、以下DX)推進をテーマに対談いたしました。今回は、対談の様子からDX推進の現状やDXの推進に必要な考え方などについて語っていただいたことを、対談形式でご紹介いたします。

市谷 聡啓(いちたに としひろ)氏
株式会社レッドジャーニー 代表 / 元政府CIO補佐官 / DevLOVE オーガナイザー / 株式会社リコー CDIO付きDXエグゼクティブ

大学卒業後、プログラマーとしてキャリアをスタートする。国内大手SIerでのプロジェクトマネジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサーやアジャイル開発の実践を経て独立。現在は日本のデジタルトランスフォーメーションを推進するレッドジャーニーの代表として、大企業や国、地方企業のDX支援に取り組む。新規事業の創出や組織変革などに伴走し、ともにつくり、課題を乗り越え続けている。訳書に「リーン開発の現場」、おもな著書に「カイゼン・ジャーニー」「正しいものを正しくつくる」「チーム・ジャーニー」「いちばんやさしいアジャイル開発の教本」「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」がある。

企業間で起きるDXの格差

市谷氏:2021年に経産省がDXレポート2を出しています。その中で、全体の9割以上の企業がまだ着手できてないことが判明したと。しかし、実際にいろんな企業のDXの伴走支援をしていると、⽇本全体としてのDXの進みは弱いけれども、いろんな企業が全社戦略レベルでDXに取り組んでいて、そういう企業とDXに未着手の企業とでは、いわばDXの格差といいますか、随分差が開いていっているのが実情なんじゃないかなと実感しています。

DXを進めていくにあたって、現状何が不足しているのか。新規事業に限らず新しい施策や、取り組みを進めていくにあたって深化と探索の両輪が必要と言われますが、「両利きの経営」でいうところの探索についての経験も、それを引っ張っていく人材も、組織の中には不足してるんですね。

例えば未着手の企業や行政機関の中には、社内外のコミュニケーションツールがいまだにメールだけとか、社内情報にはものすごく煩雑な手順を踏まないとアクセスできませんとか、そもそもDX以前の状態のところがまだまだあるんですね。DX推進に取り組む場合、まず日常の仕事の道具とかやり方、マインドセットとかを変えなきゃいけないだろうと。そこを経てDXにっていう構造を考えています。

DXの4つの段階設計「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」とは

森戸:業務のデジタル化から始まるDXの4つの段階「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」っていうのがありますけど、あれは市谷さんの現場での経験をもとに作られたオリジナルなんですか。

市谷氏:そうなんです。最初に取り組んだときに、DX推進に段階があるという考えは全くなかったんです。だけど着手してもすぐに結果を出せるわけではないので、ありたい姿、段階をイメージしてもらうのって大事だと気づいてから、DXを段階的に進めるための組み立てのパターンとして、伴走支援に入る組織のDX推進担当者のかたに「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」を提示しています。

デジタルトランスフォーメーション・ジャーニーの4つの段階(『デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー』より、弊社作成)

 

DXの最初の段階として業務のデジタル化、特にコミュニケーションツールのデジタル化を図って、コミュニケーションが円滑に取れる基盤を作ります。今まで社内外のやり取りだけじゃなく、タスク管理もメールで行っていたところに、SlackやTeamsといったコミュニケーションツールを導入します。

スキルのトランスフォーメーション、アジャイルの考え方を取り入れながら、事業やプロダクト作りに必要な探索できるための能力(ケイパビリティ)の獲得を目指します。その上で、DXの本丸となる新たな顧客体験を創出するためのビジネスのトランスフォーメーション、仮説検証を繰り返して最終的にはそれまでの学びを活かして探索と適応を繰り返すことが可能な組織のトランスフォーメーションにたどり着くわけです。

DXは4つの段階を順番通りではなく、重なりながら進めていきます。小さな出島のような組織から始まる活動を、徐々に本土全体、つまり大きな組織全体に波及させていくのがDXの道筋だと思っています。

チームが活躍するための「場づくり」

森戸:なるほど。DX推進に必要な組織とか人材とはって聞かれた時に、市谷さんだったらどういう回答をされますか。

市谷氏:DXというと「デジタルに詳しくなきゃいけないのか」と思われがちです。それはもちろんの基礎的に必要ですが、それよりもDXの段取りや構想、DXをどういうふうに進めていってどんな変化を組織にもたらすのかを考えられる人材、DXを着実に遂行できる人材が重要です。そういった人材を何人か用意します。

また、組織の中の人材だけでなく、外部からもDX推進に精通した人材をコアメンバーとして迎え入れて、外からの知見を吸収しながら実践経験を積んでいく。こうしたことを繰り返すことで、組織の中でできることをどんどん増やしていくというイメージです。

森戸:なるほど。今「「小さなガイド」も日々少しずつ組織内で共有しながら、ということもアリでしょうか?」って、配信聞かれてる方からご質問いただいてるんですけど、ここら辺はいかがですか。

市谷氏:それでいいと思います。受け入れる先の大多数の人たちは最適化、縦割りで目の前の仕事をすればいいというふうになっている人たちに、いきなり探索活動が大事ですって言ってもすんなり入ってこないんですね。強いハレーションを起こしてしまいかねないので、「標準を作りましょう」ではなくてあくまでガイド、DXを進めていく道先案内のための小さな知識の固まりのイメージです。これを組織の中で浸透させていくことを目指します。

森戸:そういうところをガイドにして、コミュニケーションツールを使って組織内で共有して、ナレッジとして蓄積することで、コミュニケーションの基盤を作っていく、つまり「場づくり」につながっていくと。

市谷氏:場に帰っていけばそこに何か情報があってアクセスできる、そういう状況を作っていけるので。ガイドだけではスタート地点や現在地、どこに立ち返ったらいいのか分からなくなって迷子になってしまいますから。

「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」の根幹をなす「アジャイル」

森戸:組織の考えと結構相容れないことを組織の中で実行しようとした時に、今までやってきたこととの間での整合性を取ろうとするとか、どうやって進めていくんだとハレーションが起きやすいかなと思うんですけど……ハレーションを起きにくくするための工夫って何かされてますか?

市谷氏:組織は、おそらく1980年代から連綿と伝えられてきた、最適化一辺倒の考え方に最適化されているわけなんですね。こういった今の組織の状況って、非常に不条理で結構非効率かつ機械的な活動を頑張ってやってるみたいな20年前のソフトウェア開発と状況が近しいなあって思ってまして。そういった中で見出したのが、アジャイルという開発の方向であり考え方なんですね。

でアジャイルに重要なものの考えかた、マインドセットを具体的に表したものが「アジャイル・ハウス」です。

アジャイル・ハウス(『デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー』より、弊社作成)

 

アジャイルと言っても、チームで仕事をするためのアジャイル、探索のためのアジャイル、組織運営のためのアジャイルがありますが、共通するのは協力して取り組んでいく、「協働」というところです。アジャイルのマインドセットは協働を結構昔から重要視していて、ここを基礎として、DXのプロジェクトを協働して進めていくときにも立ち返る場所があるので迷子にならずに済みます。DX推進では、こういったアジャイルの考え方を組織の中で宿していくことを大切にしています。

 

「二項対立」ではなく「二項動態」を目指す

森戸:二項動態の話、確かにアジャイルみたいな2つのことを同時並行的に上手くマネージしていくのかと思ったんですけど、二項動態って市谷さんは皆さんにどう説明されてるんですか。

市谷氏:情報システム部門とDX推進部とか、部署とか人との間で対立軸が発生しやすくなってるのが日本の企業だなって思っています。そういう中で横断的に部署をまたがって何かを取り組もうとしたら、何かを進めたい側と進めたくない側とで二項対立になってしまって、結果的に前に進まなくなるんですね。アジャイルも大切ですし、アジャイルと両輪のような役割というか考え方として「二項動態」があるんだと説明しています。

DXを進めるとき、古いものはダメと一刀両断してしまいがちですが、組織がもっと高みを目指すためにもこれまで組織が積み重ねてきた歴史や背景、前提を理解した上で、組織の持つ強みとDXを推進する組織の持つ強みを持ち寄って高い目標に向けて何か取り組んでいこう、ときには方法も変えて前に進めていきましょうと。そういうイメージで二項動態をお伝えしてます。

これは二項動態とは関係ないんですけど、講演やセミナーを開催したときによく聞かれるのが、「日本でDX成功した組織があるのか」という質問です。実は結構答えに窮してしまうというか……。DXを進めている組織、自分が伴走支援に入っている組織を見ていると、まだまだ半ばだなというところがあるんですが、それだけ難しい取り組みをやろうとしてるんだと思います。

赤い本(『デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー』)においては、「この順番をたどれば必ずDX成功します」なんていうのは言えないんですが、とはいえこういう指針でもってDXへの取り組みを始めていくことで、組織が自ら学びを進め、その後の段階を見ていけるんじゃないかと思っています。

 

<参考書籍>
いちばんやさしいアジャイル開発の教本 人気講師が教えるDXを支える開発手法』市谷聡啓、新井剛、小田中育生 インプレス 2020年

デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー』市谷聡啓 翔泳社 2022年