インタビュー

「スマートシティを推進しようと思って取り組んでいるわけじゃない」迅速なデジタル化で大注目の加古川市、成功の秘訣は?

DXは今や民間企業だけではなく、役所においても急務で取り組むべき課題である。中央省庁だけでなく、自治体での取り組み事例も数多く見られるようになり、今まさにDX推進担当として日々の業務に当たっている人もいるのではないだろうか。
しかしひと口に「DX」と言っても、自治体ごとに目指すべき姿や解決すべき課題はさまざまであり、それに応じて優先的に投入すべき施策は異なるはずだ。
この記事では、兵庫県加古川市におけるスマートシティ推進の舞台裏をお伝えする。
小規模な自治体がデジタル改革を成功させるために理解すべき考え方・視点について、加古川市 政策企画課 スマートシティ推進担当課長・多田功氏に詳しく話を聞いた。

多田 功 氏
加古川市 政策企画課 スマートシティ推進担当課長
特別定額給付金システム、ワクチン接種抽選システムの立ち上げなど、加古川市のICTシステム導入を牽引。システムはオープンソースとして、他の自治体でも使えるようにオープンデータカタログサイトで公表している。

兵庫県加古川市が、スピーディーな新型コロナ対応で多方面から注目されている。特別定額給付金システムを民間のSaaS活用によってわずか1週間で立ち上げ、続いてワクチン接種抽選システムも導入。さまざまなオープンデータをダッシュボード化して公開するなど、データ利活用に関しても積極的だ。また、IoT活用による防犯施策「見守りカメラ」「見守りサービス」、市民参加型合意形成プラットフォーム「Decidim」の公開を含め、「スマートシティ構想」を推進している。

この「スマートシティ構想」担当の多田氏に推進の背景を聞いたところ、返ってきたのは意外なひと言だった。

スマートシティを推進しようと思って今の取り組みをしているわけじゃない

多田氏:
「加古川市は人口約26万人で、近隣には姫路市、明石市、神戸市、そして大阪などがあるベッドタウンです。ところが、県下で刑法犯認知件数が高いという課題を抱えていました。安全、安心でなければ人々にベッドタウンとして選んでもらえません。そこで、安全・安心のまちづくりを推進する目的で『見守りカメラ(防犯カメラ)』の設置に取り組みました。平成28年度に設置計画を策定し、29〜30年度内に設置した台数は計1475台に上ります。また、カメラの中にはBLEタグの検知機能を搭載し子どもや高齢者の『見守りサービス』として運用しています。さらに、29年度には総務省『データ利活用型スマートシティ補助事業』に採択され、『かこがわアプリ』や郵便車両にも検知機能を搭載し『見守りサービス』を進化させました。

しかし、意図して『スマートシティ』を目指したわけではありません。昨今、『スマートシティを推進しましょう』といった話は数多く見られますが、加古川市ではスマートシティ構築が目的ではなく、市民の安全・安心を実現することが目的でした。その結果として、IoT機器を活用したスマートシティという形になり、さまざまな方面からスマートシティというジャンルで語られるようになったんではないでしょうか?

『スマートシティ』『スーパーシティ』だからこう在らねばならない、というのは無いと思います。『DX』も同じです。目の前の課題をスピーディーかつ低コストで解決しようとすると、今の時代であれば自ずと手段としてデジタルを選ぶことになる。その結果が『DX』として語られるだけなんです」

テクノロジーはすぐ変わる。だから構想を明文化するのは避けたかった

加古川市では令和3年3月に「スマートシティ構想」を公開。しかし、多田氏はその構想を明文化することすら本来はしたくなかったという。その理由を聞いた。

多田氏:
「もともとスマートシティ構想を立案するつもりではありませんでした。数年後の構想を立てても、テクノロジーやソリューションはすぐに変わってしまうからです。しかし、加古川市としてスマートシティを推進するミッションを与えられ、その枠組みでアイデアを練ったうえで市民の皆さんと共有する必要が出てきました。そこでも、やはり行政のDX推進よりは、とにかく市民生活の質の向上が大事だと考えて取り組みました」

構想をまとめることで庁内の理解が進むなど、副次的な効果はあったのだろうか?

多田氏:
「コロナ禍の中、市民の声をいかにして聞くか?といった課題感は庁内で浸透していたので、我々にとってスマートシティ構想という枠組みは、あくまでも後付けでしかありません。

しかしその一方、加古川市の取り組みが外部から評価・注目されることにはつながりました。

『スマートシティ』や『DX』というキーワードよりは、『課題に対してどうアプローチしてくか?』を庁内で共有することが何よりも大事だと考えています」

「課題」と「目的」を明確にすることが大事

多田氏は「課題」と「目的」を明確にすることが大切だと、重ねて強調する。

多田氏:
「『スマートシティ』という言葉だけが独り歩きしている側面があると思います。デジタル化すること、テクノロジーを都市に実装することが目的になってしまうのは違うと思うんですよね。

『スマートシティとは、どう進めたらいいですか?』『データ連携基盤にはどう取り組んだらいいですか?』といった質問や相談が寄せられ、助言を求められることがあります。しかし、手段ありきではなく、『何の課題を解決したいか?』を明確にしなければ、適切な答えは出てきません。

それから、職員の『文系出身』『理系出身』というバックグラウンドも関係ないと思っています。私自身も、情報部門出身ではありません。自治体職員の役割とは『地域を良くすること』です。その原点に立ち返れば、例えば『住民福祉の向上』など、あるべき姿が見えてくるはずです。住民の声をどう聞くか、そのチャネルはどう増やすか?と考えていくうちに『デジタルという接点もあれば効率も良いし、昨今は感染対策としてもメリットが大きい』といった答えに行き着きます。

本来であれば、オフラインで全住民が一堂に会する集会などを開催することが一番良いはずです。でもそれは、時間的制約や感染対策の観点から現実的ではない。だから、デジタルという選択に至ったわけです。デジタルは時間短縮、効率的な意見収集、集めた意見の可視化に便利だ、よって、住民の利便性向上の手段としてデジタルを選択するに至った、ということです」

住民の利便性向上という目的達成から逆算した結果が、デジタル化だった、と多田氏は語る。

多田氏:
「特別定額給付金システム、ワクチン抽選システムいずれも、スピーディーに課題を解決できるのがデジタルだったから、その選択肢に行き着きました。

ところが、DXやスマートシティの事例では、原点に立ち返って考えることが欠落しているケースも多々見られます。

「課題」と、「コストが予算の範囲内に収まる」旨を明確に説明できる。この2つができれば、新たな企画はスムーズに通るのではないでしょうか?要は、目の前の課題を『素早く解決する方法があるよ』と、具体的に示すことが施策を進めるカギだと考えています」

加古川市の特別定額給付金システムやワクチン抽選システムは、内製によりわずか1週間で立ち上げた点も注目すべきポイントだ。

多田氏:
「kintoneやAccessを使って内製しています。目的を実現できるなら、身近にあるツールの何でも良いと思うんです。目の前にあったツールをやりたいことに振り向ける。それだけです。

自分が手を動かしたほうが早いときは、私自身が率先して動きます。部署のメンバーにまず見本を見せて、どんどん真似してもらって、分からないところは聞いてもらう、というスタイルで進めています。

加古川市としてさまざまなオープンデータも提供しているので、他の自治体もどんどん真似してほしいと思っています」

広域展開していくという発想

加古川市の取組事例を、他の自治体でも積極的に真似してほしいと語る多田氏。そのためにもオープンデータの提供は重要だと考えている。

多田氏:
「『見守りサービス』の取り組みに関しては、総務省の助成を受けています。つまり、国費を使った補助事業です。施策が加古川市民のためになるのはもちろんですが、ひいては国民のためになっていく必要がある。だからデータをオープン化しているんです。我々がうまくいかなかった部分は、次に取り組む自治体が、さらに発展させていく必要があります。そういう意味で、データもシステムもオープン化したほうが良いと考えています。

こういった発想の自治体が少ないのは、『自治体の税金で作ったものや、自治体で集めてきたデータを他地域に提供するのはいかがなものか?』という理屈だと思います。例えば、サーバーなど実体のあるものをどこかに渡すのはNGだと思いますが、データやドキュメントは公共財だと言えます。公共財の利活用で言えば、市役所という場所には、加古川市民でなくても、他地域の住民でも訪れることができます。あるいは、災害時に加古川市民が近隣の自治体に避難するケースも想定されます。それと同じ理屈で、オープン化して提供するのは悪いことではないと考えています。

提供しているオープンデータの一例として、『AED設置場所の可視化』などがあります。これらのダッシュボード整備まで取り組むことが大事だと考えています。なぜかと言うと、データリテラシーの高いエンジニア向けなどにダウンロード用データを用意しているだけでは、結局のところマニアしか使ってくれません。データリテラシーに関わらず使えるよう整え、可視化することも、住民目線では重要です」

民間企業とのつきあい方

加古川市はスマートシティ推進の中で、外部団体との連携にも力を入れている。自治体と民間企業のつきあい方について聞いた。

多田氏:
「市役所の力だけで、DXやスマートシティ推進ができるとは思っていません。ただし『スマートシティを実施するための団体』のような大きな団体を立ち上げることはしたくありません。目的が曖昧になりがちだからです。
目的を理解して、ギブアンドテイクで動く人・企業・団体とうまく連携していくことがサステナブルな考え方だと思います。
民間企業は、実証実験の場を求めています。一方我々は、予算やアイデアが必要だと考えています。そこで、win-winの関係を築くことが大事です。
都市OSをいかに横展開していくか、エコシステムをどう共有できるか、ひいては市民のためになるか。そういった観点で、企業・団体と話し合いの場を持つようにしています。」

デジタル人材として必要な要件とは?

デジタル人材の育成は、民間企業・自治体いずれにおいても喫緊の課題だ。多田氏が考える、デジタル人材として必要な要件を聞いた。

多田氏:
「今後、人口減の時代が到来すると言われており、自治体の職員数も減るはずです。5年後には、今と同様に働けない時代が来ると私は考えています。そのことに早く気づいて、今のように人手が潤沢な間にさまざまな対策を進めたほうが良いです。

市民とのコミュニケーションチャネルだけを例に挙げても、SNSを含め多様化していますよね。今後、もっと多様化していくはずです。そのような時代に、現場がパンクすることなく対応できる体制を今のうちに作っておき、行政の持続可能性を保持しなければなりません。

大掛かりなスマートシティ構築なども、先々リプレースするときに人手不足で大変になると思います。

特に小規模自治体の場合、周りに助けてもらわなければ、役所の力だけでは、たち行かなくなると思います。この5年以内に、民間の企業・団体との横連携にどんどん着手して自治体の体制を進化させておくべきです。

また、『(過去の施策のうち)やめること』の取捨選択もできるようになる必要があります。

それこそ『DX』という言葉は『デジタルトランスフォーメーション』という意味ですが、『デジタル』を重視するのではなく、『トランスフォーメーション(変革)』という部分を重視すべきです。

課題を発見して、解決しようと行動する人さえ居れば大丈夫です。そうすれば今の時代、自然と手段はデジタルに行き着きます。デジタル人材として必要な要件は、それだけです」

自治体には「のび太君」がいない!

最後に多田氏は、こう締めくくった。

「のび太くんは、ドラえもんに『○○をしたいから、こんな道具を出して!』と意思表示ができていますよね。ドラえもんの四次元ポケットには無尽蔵に道具が入っているけれど、どう頼めば、今の自分にとって必要な道具を出してもらえるか、のび太君は頼み方を分かっているんです。

つまり、今の自分の課題を発見して、それをどう解決したいか、言語化できています。

自治体にとっての『ドラえもん』とは委託先だったりするわけですが、未来を創る、この先どうしたいのか意思決定をするのは、自分たち自身です。ドラえもんが、未来を創ってくれるわけではありません。しかし、そこがズレている、欠如しているケースが多いように思います。

私は『早く帰りたい』『部署のメンバーを早く帰らせたい』から道具、すなわちデジタルに頼ったという、ただそれだけなんですよね。」