インタビュー

幼稚園におけるAIを活用したDXの事例 – 生成AIで業務効率化と新たな価値創出を実現

急激な少子化の進行、共働き家庭の増加や保育ニーズの多様化による幼稚園以外の選択肢が豊富であること、教諭の負担の増加など、幼稚園業界を取り巻く環境は年々厳しさを増しています。一般に、DX(デジタルトランスフォーメーション)は企業や自治体だけのものと考えられがちですが、幼稚園業界にもデジタル化が必要な業務は非常に多いのです。しかし、幼稚園で働く職員のITリテラシーやスキルはあまり高いとは言えず、企業や自治体でのDX同様に、幼稚園の現場のDXにも課題が山積しています。

そんな中、ある幼稚園がはじめた、生成AIの活用によるDXの取り組みに注目が集まっています。本記事では、神奈川県横浜市の私立幼稚園「しみずがおか幼稚園」の事例をご紹介します。

選ばれる幼稚園になるために~DX推進のきっかけ~

1960年に創立されたしみずがおか幼稚園は、園児数約160名、職員数30名を擁する横浜市の私立幼稚園です。「あかるく、すなおで、わんぱくに」を教育理念に掲げ、個性を尊重しながら、英会話、体操、ITの分野に力を入れています。

DXを進める最初のきっかけは、職員の勤務年数の短さ、少子化が政府の予測を上回る速度で急激に進んだことや共働き家庭の増加、幼稚園以外の子どもの預け先が豊富であることなどを原因とする園児数の減少でした。職員や経営陣と話し合った結果、幼稚園を維持し、より魅力的な幼稚園へ生まれ変わるためには、DXが必要であるという結論に至り、2020年からDXプロジェクトを推進しています。ChatworkやGoogle Workspace、その2つを連携させたシステムの活用などにより、残業ゼロや休日の確保などで成果を上げています。

 

新たな価値創造へ~生成AIシステム導入~

しみずがおか幼稚園副園長の鈴木雄大氏は、園のDX推進にChatworkと連携させて生成AIシステムを活用することを思いつきます。ITの知識がなくても使えることをツール選定の基準にしているので、テキストを入力するだけといった生成AIの手軽さ、ChatworkやGoogle WorkspaceをChatGPTのAPIを介して連携できることが導入の決め手でした。ITリテラシーがあまり高くない職員のITへの抵抗感を和らげつつ、Chatworkなどと連携させることで新たな価値創出を実現できるツールとして期待されました。

その頃、しみずがおか幼稚園では別の問題が持ち上がっていました。しみずがおか幼稚園で12年間勤務し、主任も務めていた教諭が退職。主任が在職中に得た知見やノウハウを、後輩職員たちに引き継ぐ仕組みづくりが急務でした。また、園児数は減少しているのに、保護者からの問い合わせは増加傾向にありました。

こうした状況を放っておけば職員の負担は重くなり、教育の質が下がり、退職者も増えてしまいます。既に園が独自に開発した、連絡帳支援と質疑応答の機能を有するAIをさまざまな場面でフル活用していた背景もあり、この2つの課題解決にも、生成AIを搭載したツールを導入することにしました。

生成AIを活用した4つの具体的な事例

鈴木氏は、カスタマイズしたChatGPT(=GPTs、以下カスタムGPT)をベースとした生成AIシステムの開発に着手。Chatworkと園独自のデータを学習させたChatGPTを連携させ、Chatwork上でChatGPTに質問すれば、それに沿った回答が得られるというこのシステムを、しみずがおか幼稚園のDX推進の中核に位置付けました。カスタムGPTの活用事例を、以下4つご紹介します。

1. 「世界に一つだけのマイぬり絵」~オリジナル塗り絵の自動生成で園児の創造性を育む~

「世界に一つだけのマイぬり絵」は、園児が保護者と相談し、オリジナルの塗り絵をGoogleフォームでリクエストすると、カスタムGPTのノーコード(塗り絵クリエイター)が自動で塗り絵を生成する仕組みです。

園児の年齢や希望の絵柄といった情報を、まず鈴木副園長が確認。OKであれば、塗り絵クリエイターが塗り絵を自動生成します。ちなみに、特定のキャラクターの塗り絵のリクエストは、著作権の観点からお断りしています。ポイントは、例えば4歳児には背景情報のない単純な線画を、6歳児にはやや複雑な絵柄といった具合に、園児の年齢に合わせて、塗り絵を提供している点です。「世界に一つだけのマイぬり絵」は園児の半数以上からリクエストが寄せられており、園児や保護者から好評です。

2. カスタムGPTによる事務作業の自動化で職員の負担を軽減

事務業務の効率化を目的に、10個以上のコードでアプリ(カスタムGPT)を開発しました。メール作成や連絡帳の下書き、園ブログ作成、園だよりの作成などに活用しています。

メール作成支援の場合、日付と発信者、どんな内容のメールなのかを簡単に書くだけで、カスタムGPTが文章を自動生成します。文章中に間違えたところがあっても、生成後の文面を維持したまま訂正したい箇所を変更してくれます。

通常、連絡帳の文章を確認するのは事務だけ、副園長だけで済むことがほとんどです。しかし、連絡帳支援機能を利用したいときは保護者とセンシティブな内容のやり取りをするケースが多く、最初の連絡帳のたたき台作成にかかる時間は削減できたものの、リーダーや経営陣の確認が必要になってくる上、細かいニュアンスをAIが表現できないため、人間の手による修正が必要です。そのため、連絡帳作成支援の効率化は2倍にとどまっています。

3. IP電話との連携による、電話対応教育に特化した職員の教育システムの構築

複数同時に対応できるIP電話とトーク解析AI「MiiTel(ミーテル)」、自動音声応答システム「CallCall-IVR」を導入。職員が保護者と電話で話した内容をGPT-4(API利用)でテキスト変換し、Chatworkで確認できるようにしています。電話が終わったら5分以内に電話内容を分析したレポートが自動生成され、Chatworkを通して職員にフィードバックされる仕組みです。

通話相手や園児の名前などの固有名詞、園行事の名称を正確に認識できるように、GPT-4(API利用)に幼稚園のルールやデータを学習させました。

自然言語の傾向に基づき、通話内容を感情分析にかけ、保護者の満足度を測定します。会話ログを活用して、重複や沈黙の回数、抑揚、相槌の多さなどの要因から、不満を感じている可能性が高い通話を検知したときは、園長が対応方法を助言するといった活用法も可能です。

4. AI主任の導入でベテランの知見を継承、若手の育成を支援

主任をしていたベテラン教諭の退職に伴い、その知識と経験を継承するため、AI主任を開発しました。AI主任は、ベテラン教諭が長年の園務で培ったノウハウを、GPT-4(API利用)に学習させて、園の職員の質問に24時間365日対応する取り組みです。まずベテラン教諭にこれまでの知見をまとめてもらい、それを副園長がデータに置き換えて、目の前にいるかのようにチャットで話せるようにしました。

また、タスク管理や課題管理という役割も担っています。例えば冷暖房のスイッチオンオフ、温度調整といった、日常的なことでも漏れがちなタスクを、アラートをかけてもらうことで忘れないようにしたり、課題の進捗状況を確認するといったことをできるようにしています。実際に使っている職員からは「隣で見守られているような心強さを感じる」といった意見があるようです。

幼稚園でのAI活用におけるデータ管理とセキュリティ対策

生成AIを活用する上で、データ管理とセキュリティ対策の徹底は、園の信頼を守るための必須条件です。しみずがおか幼稚園では、以下の対策を講じています。

ChatGPT Plusの有料プランで個人情報の安全性を確保

園児や保護者の個人情報を扱うことも多いしみずがおか幼稚園では、データ管理とセキュリティ対策の一環として、「ChatGPT Team Plan」を契約。データを学習されない仕様になっているので、間違えて個人情報を入力しても外部に漏れることはありません。また、重要データへのアクセスは管理職のみ許可するなど、アクセス制御も実施しています。

職員教育の徹底

職員の理解については、新しいシステムを導入するときの抵抗感を和らげつつ、職員が負担に感じないように時間をかけてゆっくりと浸透させていくことを大切しています。まず職員のリーダーに1ヶ月ほど試しに使ってもらい、そのときに感じたことや得た知識を利用者の視点から他の職員へレクチャーすることを徹底しました。

 

生成AIを使う上で、ある程度使用者全員が仕組みを理解することが必要です。そのため、しみずがおか幼稚園では職員研修を実施。AIは便利なツールではあるけれど、そもそもどんなものなのか、AIを使う上で生じるリスク、AIも間違えるかもしれないこと、AIを過信せず常に疑うことなどを説明しています。

プライバシーポリシーへの取り組み

ChatGPT含め、定期的に変更されているプライバシーポリシーを常時把握。APIでGPTを利用した場合は、学習しないとされていますが、個人情報が含まれている場合は、処理の中で念のため消しています。他に、データをやり取りするときの形式の調整やAPIを介した外部システムとの連携など、倫理的な配慮を多方面で行っています。

上記以外に、データが万が一失われてもすぐに回復できるようバックアップをとっていたり、AIの誤回答が発生しないよう監視体制を整備したりといったことも行っています。

生成AIがもたらした成果と今後の展望

しみずがおか幼稚園におけるDXの取り組みは、着実に成果を上げています。以下、主な成果を紹介します。

入園者数の増加と「4つのゼロ」

2024年は前年度に比べると1.2倍、旭区の入園者数平均の1.5倍園児が集まりました。

また、生成AIの導入により、幼児教育の質が向上。職員のAIの利用率も100%に達しました。業務効率化による経済的効果も大きく、年間1,260時間が削減され、最低時給で換算するとパートタイム職員を1~2名分雇えるほどの人件費が浮きました。浮いた時間とコストは、幼児教育の質の向上に貢献しています。

職員の定着率が上がり、クラス担任の退職者が2年間出ていません。退職者がいないことで採用活動が必要なくなり、求人コストもかからなくなりました。残業も4年連続でゼロを継続中です。コロナ前まで、毎年2回入園説明会を実施していたのをコロナ後に廃止しましたが、現在は口コミで入園希望者が集まる状態になっています。

今後の展望

しみずがおか幼稚園は、他の幼稚園や保育園にもDXの輪を広げたいという考えから、情報発信を強化しています。講演会で事例を紹介したり、Webメディアや動画サイトから取材を受けたりして、自園のDXの取り組みをさまざまな形で発信しています。

また、「保育業務に集中してほしい」などの思いから、他の幼稚園や保育園のDX支援も実施。講演や最新情報などの共有、「DXプランナー」というオリジナルのカスタムGPTの活用による事務作業効率化の支援を提供しています。既に近隣の保育園で導入されており、今後もこうした取り組みを継続していく方針です。

まとめ

しみずがおか幼稚園では、ChatworkとChatGPTを活用したカスタムGPTの導入により、事務作業の自動化や新たな価値創出を進めてきました。ベテラン職員の知見を継承するAI主任の導入や、園児向けのオリジナル塗り絵の提供など、AIならではの活用事例も生み出しています。

 

生成AIがもたらすDXの可能性は、少子化や人手不足といった幼児教育や保育の現場を直撃している社会課題の解決にもつながる可能性を秘めています。しかし、DXにゴールはありません。絶えず改善を続けていきながら、人と人が密に関わる幼稚園だからこそ、人の気持ちに寄り添いながらもDXをトップダウンで強力に推し進めていくことが大切です。多様な方法でDX事例の発信を続けるしみずがおか幼稚園の取り組みは、DXを推進する他の組織にとっても、一つの指針になるでしょう。

<参考文献>
「保育施設の未来地図――選ばれる園創りとスマート保育園・幼稚園・こども園構想」 土岐 泰之、ユニファ株式会社編著 2022年