インタビュー

デジタルの恩恵が住民に行き渡るためには?石川県加賀市が挑むスマートシティ戦略

マイナンバー普及率がトップクラスを誇る石川県加賀市。2022年3月にはデジタル田園健康特区指定を受けるなど、積極的にDX推進に取り組んでいる自治体の一つである。

小規模都市である加賀市において、なぜスマートシティーの取り組みを始めたのか、
なぜ他の市町村と比べて新しい取り組みやテクノロジーの普及ができているのかなど、
加賀市最高デジタル責任者の山内 智史氏に話を聞いた。

加賀市最高デジタル責任者
山内 智史 氏

2021年石川県加賀市最高デジタル責任者就任。自治体として唯一受賞したデジタル社会推進賞大臣賞(10月)や、北陸初の国家戦略特区として(仮称)デジタル田園健康特区指定
(22年3月)など、スマートシティ・DXを積極的に推進する加賀市においてDX戦略全体を統括。

2011年大阪府立大学大学院工学研究科物質化学系専攻修了(修士論文最優秀賞)。2016年慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(MBA)。入庁までの約10年間、民間企業で半導体デジタル領域を経験。ソニーの半導体グループ会社の経営戦略部にてカメラ画像センサやEdge AIなどビジョンセンシング領域の戦略立案をリード。ベルギーの空間センシング技術会社の買収後経営統合プロジェクトを推進して社内表彰(企画管理部門MVP)。また東京エレクトロン株式会社ではエンジニアに従事。産業技術総合研究所太陽光発電センターへの派遣研究員も兼務。

人口減少・地方課題を乗り越えるためのスマートシティ

石川県加賀市はかつて「加賀百万石」の支藩の1つである大聖寺藩の城下町として栄え、
長い歴史を紡いできた町だ。加賀温泉や九谷焼、山中漆器でもよく知られ、2024年には北陸新幹線 加賀温泉駅が開業予定であり、周辺の小松空港と併せてさらに交通アクセス至便になる見込みだ。主要産業はものづくり、そして
観光・農業・漁業という構成である。

その加賀市が抱える最大の課題は「人口減少」だ。年々、減少の一途を辿っており、2014年には「消滅可能性都市」との指摘も受けた。さらにコロナ禍を迎えたことで、観光客数も大きく落ち込んでいる状況だ。

その大きな危機を乗り越えるための策が、スマートシティ事業だと山内氏は語る。

山内氏:
「加賀市のスマートシティ事業はエストニアを参考にした取り組みなどグローバル基準で進めており、G20のスマートシティ・パイオニア都市認定も受けています。2022年3月には、『デジタル田園健康特区(仮称)』に内定しました。人口減少・地方課題に対応するデジタル田園健康特区として国とともに規制改革に取り組むことができる、北陸唯一の地です」

今後加賀市に期待される取り組みについて、山内氏は次のように語る。

山内氏:
「まずは、デジタルインフラとサービス間を横断する公共のデータ基盤整備です。
これを土台に『暮らしの変革』『知の変革』『産業の変革』といった地方課題解決の取り組みや、未来志向のまちづくりを進めていきます」

まずはデータ基盤を構築し、地域課題解決のための各種サービスを投入

ここからは、実際に加賀市で取り組みを進めている各施策について、山内氏より語ってもらった。

①協調領域:公共サービス基盤

1-1.<通信インフラ>

  • 5G

「加賀市は、商用利用開始と同時に5G基地局を設置しました。2021年度にアイデアソンを実施し、市内事業者とともに『5Gでなければ解決できない課題とは?』と利活用の可能性を探る試行錯誤をしてきました。

議論や新しいアイデアをインキュベーションしていく場として、5G通信を利用できる『加賀市イノベーションセンター』があります。来年度は、インキュベーションルームをさらに増設すべく検討中です。スタートアップ事業者、それを支援するアクセラレーター、インキュベーター、メンターが集まる場としていく想定です」

  • 公衆Wifi

「2021年度にエリアカバレッジを51箇所に拡大し、屋外にはARアプリを無償で楽しめるスポットもあります。源平合戦の地でARを展開し、観光客が歴史を感じられる工夫に取り組んでいます」

  • Beyond5G

「2021年度に、市内全域の通信環境の将来のあり方について議論してきました。Beyond 5G(次世代通信基盤)を北陸先端科学技術大学院大学の教授とともに、仮説に基づいて政府とも協議をしてきました。市内の海側・山側で現状、通信が届いているエリアとそうではないエリアがあり、インフラ格差解消に向けた提案・議論をしているところで、『Wi-Fi HaLow(ヘイロー)』という新規格の活用可能性を探っています。

市内の果樹園で実験したところ、700m〜1kmの距離を隔てても高速Wifiを使えることがわかりました。果樹園での活用アイデアとしては、害虫避け消毒液のスプレイヤーにセンサーを付けて、効率的な散布をする、自動運転にする案などが出ています。協業に興味を持つ事業者様は、ぜひ参加していただきたいと思います」

1-2.<ベースレジストリ>

  • 2Dデータ(土地・地番)

「土地台帳データを活用して耕作放棄地の分析・見える化をし、放棄箇所に対するパトロールなどを行っています。さらにそのデータを、国のGIS基盤への紐付け、地図化もしました」

  • 3Dデータ(点群)

「3Dデータに関して加賀市は全国トップクラスのデータ量であり市内全域にカバレッジを広げています。活用希望の事業者には、どんどん提供・協力します。

例えば事例として、ドローン自動飛行の航路設計・フライトシミュレーションや、3D都市モデルでの太陽光発電シミュレーション・反射シミュレーションなどがあり、国交省のPLATEAU VIEWで見ることができます」

  • 地下データ(水道マンホール)

「シビックテックを活用し、市民と共に下水道マンホールの位置情報収集・損傷分析を行いました。市が保有する8000個の位置情報をマップで見える化、そこへ市民が写真撮影をしてデータアップロードをしてもらいました。1日半で市内全域についてデータ収集することに成功し、新たに1500の位置情報も追加で集められました。

このような取り組みを実施する意義は、2021年10月に都内で地震があった際、水道管破裂でマンホールから水が噴出する事態が発生し、公共インフラ点検の必要性がさらに高まったためです。加賀は温泉地であり、温泉成分によって金属腐食が起こりやすい。なおかつ、集落が点々としている多極分散型で、公共サービスの維持コストがかかる構造上の課題もあります。

そこで、シビックテック活用ならコストをかけずにスピーディーにデータ収集できるのではないか?という仮説を基に実施した『共助型』のスマートシティ事例です」

  • 行政データ(オープンデータ)

「オープンデータ化も積極的に進めています。例えば『公衆無線LANアクセスポイント一覧』など、マップビュー上で位置の可視化ができます。今後は『利用状況の可視化』など、ダッシュボードをさらに充実させていきます」

1-3.<エッジセンシング>

「カメラセンサー、IoTセンサーを様々な分野で活用し、データ収集・活用を進めています。画像を効率的に収集・分析して市民生活に役立てる想定です。

例えば、「道路/建物の損傷分析」「動物の生息環境分析(クマ出没対策)」「河川の水位分析(集中豪雨による水害対策)」「公共施設の人の混雑分析(避難所・投票所等。市民に公開)」「EV公用車の稼働分析(公用車としての稼働時間外は市民・観光客がカーシェアサービスとして利用)」「救急搬送患者の心電分析(搬送段階のデータを効率的に病院と連携し、患者の症状に適した受け入れ体制をスムーズに)」などが挙げられます」

1-4.<クラウド基盤>

  • デジタルツイン基盤

「2022年3月『加賀市デジタルツインコンソーシアム』を設立し、取り組みは始まったばかりです。先述した様々なデータ基盤をフル活用し、例えば『加賀温泉駅周辺の人流』など都市の動きをシミュレートする想定です。

  • 個人識別/認証基盤

「加賀市ではマイナンバーカードが全国トップの交付率で、国から表彰を受けました。カードをスマホで読み込むことで、行政手続きがオンラインで済むよう住民の利便性を高めており、現在174種類の電子申請が可能になっています。次年度もさらに電子申請の対象を増やしていきます。

さらに、『電子市民』というデジタル上の新しい市民区分を作り、関係人口創出を目指す構想もあります」

  • 分野横断連携基盤

「分かりやすい例として『引越ワンストップサービス実証事業』があります。転居時、
電気・ガス・水道など住所変更手続きを何度もしなければなりませんでしたが、民間企業と連携し、分野を横断して一回の手続きで済むようにしました」

②競争領域:地方課題解決の取り組み・未来志向のまちづくり

「地方課題解決と、未来社会実現の2本柱です。前者は、国家戦略特別区域で規制改革を伴いながら住民サービスを向上させていきたい。一方後者では、未来志向のワクワクするような新しい社会の実現を目指します」

2-1.<地域課題解決のためのDX>

「地域全体の変革、地方課題全体の解決のためには、地域DXの先導役である市役所自身の変革(職員/組織)が先決だと認識して、取り組みを進めています」

  • RPA導入による市職員の業務プロセス変革

「数年にわたって市役所内部の変革に取り組んできました。例えば、手作業が必要だった工程をRPAで自動化することで、工数削減効果が見られるようになり、ある業務では年間118時間が年間22時間に短縮できました。今後はAI活用も検討中です」

  • 行政サービスへのブロックチェーン技術活用

「2018年、行政で初めてブロックチェーン技術を導入しました。ユーザーは市民向けポータルサイトでアカウント登録をし、『交通・生活』『観光・イベント』『子育て・医療・福祉』など興味のある分野を登録することで個々にパーソナライズされた情報が表示されます。ブロックチェーン技術には『分散』と『集約』の2つの考え方がありますが、これは
『分散』の活用事例で、今後も良い活用法を探っていきます」

  • 地場産業のDX

「一例として『田んぼのDX』をご紹介します。水田の水位・水温を測るセンサーを導入し、自動給水器の水門開閉ログを追うことで収量・品質向上を目指す取り組みであり、特にブランド米『加賀ほまれ』の価値向上を目指しています。

また、『果物栽培』の事例もあります。果樹園の温度・湿度をデータ分析・収集したり、
熟練者の技・ノウハウの蓄積・伝承にデジタルツールを活用する取り組みです。高級ぶどう『ルビーロマン』のさらなる価値向上を目指していきます」

  • 子供の総合的支援

「マイナンバーカードの普及率が高い地の利を活かし、マイナンバーを活用した子供の総合的支援です。オンラインでの学びの場も増えていることから、デジタルIDで子供のデータを一元管理する取り組みです。ID・データを活用し、生活上の異変、いじめや虐待の予兆などを推論で導き出し、早期発見や予防につなげていくことを目指します。

現時点で、マイマンバーデータのうち法的に利活用が認められているものは「税」「社会保障」「災害対策」の3分野です。教育分野での利活用は、今後検討しながら進めていきます」

  • 医療支援

「スーパーシティの実証調査として、医療センター内において建物OSと複数のロボットの連携を行っています。さまざまなサービス実装に向けた実験であり、大都市ではオフィスビルなどで導入されているスキームです。

加賀市においては『地方でやる』『医療施設内に、都市モデルを構築する』の両輪で重要な意味があります。

『市民の健康データをどう取り扱うか?』という課題については、医療版『情報銀行』の構築を目指しています。患者、医療機関、そしてデータをハンドリングする第三者機関(情報銀行)が連携する構想です。本人の同意に基づき、情報銀行にデータを預ける仕組みを構築できないかと模索中です」

  • マイナンバーを活用した交通弱者支援

「規制改革が前提となりますが、高齢者・免許返納者に対しマイナンバーカード提示でバス料金を割り引く、利用者情報に応じた料金設定、配車計画などの活用法を検討しています」

2-2.<未来社会実現のためのDX>

  • 空飛ぶクルマ

「市長を筆頭に『空飛ぶクルマ』に注目しており、精力的に視察や、市民に対する説明を重ねています。加賀市では先述の通り3Dマップを構築し、ドローン飛行テストも実証済みであり、上空の安全な運航に向けて基盤構築が進んでいます。それに加えて、北陸唯一の国家戦略特別区域であり、近隣に小松空港も立地しています。関西国際空港のように、広域に向けた空の中核拠点になれないか?と模索中です」

  • 人材育成

「加賀市内には、大学が無いため、若者人口が少ないという課題を抱えています。大学はないけれど、大学生がいて活気あるまちづくりをするには?と試行錯誤中です」

デジタルの恩恵が住民に行き渡るためには?

地域課題解決のために、あらゆるデジタル施策を投入している加賀市。驚くほどの数の多さとも言えるが、各施策の設計は、果たして誰が主導で進めているのだろうか?

山内氏:
「加賀市 政策戦略部 スマートシティ課が中核にあり、デジタルやデータに関する施策を牽引しています。必ずしも『縦割り行政』ではなく、部署を連携させることで横断的に政策設計をしていく役割も担っています。市長の『こうあるべきだ』という構想を、ポートフォリオ設計をしながら政策を立案しています」

数多くの事業が同時進行で展開されている様には目を見張るものがある。スマートシティ事業全体のロードマップ策定についても聞いた。

山内氏:
「スマートシティのロードマップは数年前に作成済みで、大きなビジョンを描きながら進めています。個々の施策においては、うまくいくもの、そうでないもの、トライ&エラーの部分もあり、その都度、見極めながら推進しているところです。

令和3年度実績として、いくつか施策をご紹介した部分を通して、スマートシティ化に向けて全方位的に施策を投入しているように映るかもしれませんが、まだまだ不足も多い。注力している部分と、そうでない部分があり、ポートフォリオ・マネジメントをしながら施策設計をしています。

市というのは、どれか一つだけ重点施策をやっていれば良いわけじゃない。例えば『教育施策だけやっていればいい』という訳ではないですよね。それがポートフォリオ・マネジメントであり、戦略論です。今年度はどの施策に注力して、どこまで進めていくか…内部でよく、そのような議論を重ねています。」

国家戦略特区に内定したことで、今後さらにスマートシティ化の加速が期待される。
しかし、
今回指定された国家戦略特区全国に5つしかない。特区ではない地域において、
地域内DXに対していかに着手すべきかについてのアドバイスも聞いた。

山内氏:
「取り組みやすいのは役所内、つまり自分たちの中からスタートすることです。しかし行政サービスをDXして、周辺にいるプレイヤーたちが刺激を受けなければ意味がありません。

周辺プレイヤーと『繋がる部分』がポイントとなります。具体的に言えば、自治体と取引のある企業や、自治体とディスカッションをする相手に対して、直接的に影響を及ぼす部分からDXしていくことが大事です」

小規模都市の場合、地域内で一番大きな組織は市役所、というケースも少なくない。
その市役所と契約・取引する場面を起点に、地場企業のデジタル化を促進していく視点がポイントだ、と山内氏は語る。それでは、役所周辺のプレイヤー、ひいては地場産業全体、
地域住民一人ひとりがデジタルの恩恵を実感できるようになるためには、どのような工夫が必要なのだろうか。

山内氏:
「加賀市の場合、私は正直まだ、住民がデジタルの恩恵を実感できるレベルには至っていないと思っています。住民がマイナンバーカードとスマホを使ってもっと楽になるためには、行政の取り組みだけではなく、民間事業者とも連携・協業し、サービスを広げていかなければなりません。

物理的なインフラの場合、『公園を作る』→『市民が利用できる』といった流れで、住民にメリットが行き渡るためのプロセスが分かりやすいですよね。

ところがデジタルインフラの場合、『データ基盤を作る』→『利活用のためのサービスレイヤーができる』→『市民生活に浸透する』と、もう一段、余分にレイヤーを挟まなければ住民の間にメリットが浸透せず、まちづくりが完成しません」

民間事業者が公共のデータ基盤の上にサービスレイヤーを乗せやすいよう、行政として意識していることを聞いた。

山内氏:
「加賀市は消滅可能性都市と指摘される中、財源が非常に限られています。その役所に対して、特定のソリューションを『1対1(売り手と買い手)』で売り込みに来られても、ビジネスとしてなかなか成り立ちません。複数の民間事業者が協業してエコシステム型になったものが、まちづくりにうまくはまる仕組みにしなければ、長続きしない、持続可能ではないと言えます。つまり1社だけでは無理で、パートナーを見つけて協業することが重要です。役所主導で民間事業者同士をマッチングしパートナー開発をする、という新しい役割も担う必要があります。」

旧来のような「入札により、1社のモノ・サービスを役所に買ってもらう」ではなく、「地域課題を解決するために、モノ・サービスを作るフェーズから協働する」―それが地域DXを進め、自治体と民間企業が連携するうえで重要な動きだと言える。

山内氏の話から、自治体と民間企業の関係性そのものが変わってきていることが伺えた。
加賀市においては、人材・企業など、市内において不足している部分は積極的に外部連携するスタンスを取っているが、市として外部連携パートナーに求める要件を聞いた。

山内氏:
「スタートアップと連携する話も多く、参入してくださる企業も多い状況です。ところが今、スタートアップに対する支援者、つまりアクセラレーター、インキュベーター、メンター、VCなどが不足しています。スタートアップが参入してきてくれても、自力のみで課題突破は難しいため、支援者とのネットワークづくりが大事だと捉えています」

現状加賀市には「課題」があり、「プレイヤー」は参入してきている状況だ。そこへさらに「支援者」が加われば、好循環が生まれていくと言える。最後に、加賀市と連携・実証事業などに取り組みたい人や企業は、どのようにコンタクトを取ればよいかを聞いた。

山内氏:
「まずは私、CDO山内宛か、あるいは、政策戦略部スマートシティ課に連絡していただければ、その後ディスカッションの場をセッティングします。『地方都市に飛び込んでコミットする』という強い意気込みがある方を歓迎します。課題解決のノウハウやアイデアがある、といった提案をいただけると、発展的に進みやすいと思います」