業界動向

Gartnerハイプ・サイクルから見る:注目すべき9つの新技術

ガートナージャパン株式会社(以下Gartner)は2023年8月、「日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル:2023年」を公表しました。「日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル」では今後全ての企業にとって避けて通ることのできない、未来志向型のテクノロジーやトレンドを紹介。2023年度版では新たに9つのテクノロジーを「注目すべき新技術」として追加し、一部を除外しています。

本記事では、「日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル:2023年」に追加された9つの新技術について解説します。

1.Gartnerのハイプ・サイクルとは何か

Gartnerのハイプ・サイクル(Gartner’s Hype Cycles、ハイプ曲線)とは、Gartner社(アメリカに本社を置くリサーチ&アドバイザリ企業)が提唱し、セキュリティやユーザー・エクスペリエンスなど、毎年さまざまな領域で公表している、独自のテクノロジー評価指標です。成熟度や採用状況などから判断し、新しい技術が市場にリリースされてからビジネスで主流の技術として用いられるまでの過程をグラフで表しています。

新技術や関連サービスは、誕生から生産性にいたる過程で、以下の5つのフェーズを経るとしています。

黎明期(Innovation Trigger):ハイプ・サイクルは、特定の技術やトレンドが市場に導入され、その受け入れ度が時間の経過とともにどのように変化するかを示します。この進行は、5つの主要な段階で表されます。
「過度な期待」のピーク期(Peak of Inflated Expectations):新しい技術やトレンドが登場し、期待が非常に高まる段階です。メディアや業界内で大きな注目を集め、時折過大評価されることがあります。
幻滅期(Trough of Disillusionment):ハイプ期の興奮が収束し、現実的な課題や制約が浮き彫りになる段階です。多くの技術が失敗し、企業や消費者ががっかりすることがあります。
啓発期(Slope of Enlightenment):技術やトレンドが成熟し、実用的な解決策が見つかる段階です。成功事例が増え、理性的な評価が行われるようになります。
生産性の安定期(Plateau of Productivity):技術やトレンドが市場に定着し、広く受け入れられ、利用される段階です。主要なプレーヤーが参入し、市場が成熟します。

Gartner社はハイプ・サイクルの公表により、企業が新しい技術の導入またはビジネスへの参入や投資家が投資を検討する際の判断材料を提供し、企業の経営戦略立案を支援しています。

2.2023年の新たな9つのテクノロジー

出典:日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル:2023年

 

2023年に新たにハイプ・サイクルに追加された9つのテクノロジーのうち、生成AIと分散型アイデンティティが「過度な期待」のピーク期に到達し、それ以外のテクノロジーは全て黎明期にあり、「過度な期待」のピーク期に向かう曲線を上昇していると評価しています。

ここからは、9つの新しいテクノロジーについてご紹介します。

生成AI

生成AI(Generative AI)は、既存の情報を学習して、別の新たな成果物を生成するAIの一種です。ユーザーがテキストで打ち込んだ指示に従って、質問の回答、画像や音声データ、文章、コードなどのオリジナルコンテンツを創り出します。ChatGPTやマイクロソフトのBing AI、Midjourneyが代表例です。

2022年から現在までブームが続いているので、一見すると2022年に出てきた技術と思われがちですが、2020年に公表されたGartnerのハイプ・サイクルにすでに「生成的AI」という記載があります。

分散型アイデンティティ

分散型アイデンティティ(Decentralized Identity)は、デジタル化された自身の属性情報(アイデンティティ)をユーザー自身でコントロールする(=自己主権型アイデンティティ)ための情報基盤に、ブロックチェーン技術を活用した仕組みです。口座開設を申請してから金融機関が承認・通知し、その後の個人情報の管理までのフロー、住民票やパスポート、高等教育機関の卒業証明書の取得などでの利用が検討されており、安全かつ簡単に個人認証ができるようになることが期待されています。

分散型アイデンティティに関するサービスには、Microsoft ION、Sovrin、uPortなどがあります。

サステナビリティ管理ソリューション

サステナビリティ管理ソリューションは、組織や企業の、サステナビリティに関する情報を管理するためのソフトウェアやツールです。例えば、二酸化炭素の排出量や温室効果ガスの削減量を計算するためのツール、サステナビリティレポート作成のためにデータを収集・分析するソフトウェアなどが該当します。

これから企業には、サステナブルな社会の実現に向けて、環境負荷の低減と経済成長とを両立させる経営への対応、持続可能なテクノロジーの適用が求められており、廃棄物を出さずに資源循環をしながら利益を生むビジネスモデルを構築する上でも必須です。

デジタル免疫システム

デジタル免疫システム(Digital Immune System:DIS)とは、異物から体を守ったり、侵入してきた異物を体から排除したりする「免疫」の機能をデジタル技術に応用した取り組みです。障害や攻撃といった各種トラブルからシステムやセキュリティを保護し、さまざまな技術や対応によってトラブルからのスピーディーな回復を目指すことを目的としています。

デジタル免疫システムは、2022年11月に公表された「ガートナーによる2023年の戦略的テクノロジのトップ・トレンド」にも紹介されています。Gartnerでは「2025年までにデジタル免疫システムに投資する組織は、システム障害などを原因としたWebサイトの利用停止時間(ダウンタイム)を最大で80%削減できて、売上にも貢献できる」と予想しています。

LLMプラットフォーム・サービス

LLM(Large Language Model)プラットフォーム・サービスは、オンライン上に設けたプラットフォームで、大規模言語モデルを実行するサービスです。例えば、チャットボットを活用した大量のコンテンツ生成、デバッグやプログラミングに関する質問への回答、コードの生成など、開発作業を支援します。

ポスト量子暗号

ポスト量子暗号(Post-Quantum Cryptography、耐量子暗号または量子耐性暗号などとも)は、量子コンピューターの攻撃から公開鍵暗号システムを保護するために考案されたアルゴリズムです。量子コンピューターと従来のコンピューターに対して、既存の通信プロトコルやネットワークと相互で運用可能かつ安全な暗号システムを開発することが目的です。

ポスト量子暗号は、量子コンピューターによる暗号解読を防ぐ観点から、セキュリティ分野や金融業界での活用が検討されています。

空間コンピューティング

空間コンピューティング(Spatial Computing)は、これまでモニターやキーボードなどを使ってデジタル情報にアクセスできていたところを、VRの世界と現実世界が混在する空間上に、グラフィックを立体的に表示させ、デジタル情報にアクセスできるようにする技術です。代表的なものに、マイクロソフト社の「HoloLens2」、Apple Vision Proなどがあります。

Gartnerは2023年2月に発表したプレスリリースで、ユニークな体験や効果的な対話、新しいエンゲージメント創出の観点から、マーケティングで急速に注目されている技術にメタバースを紹介しています。その中で「世界の大企業の40%以上は、収益増加を目的としたメタバースベースのプロジェクトにおいて、Web3、スペーシャル(空間)コンピューティング、デジタル・ツインを組み合わせた技術を2027年までに使用するようになるだろう」と予測しています。

量子機械学習

量子機械学習(Quantum Machine Learning)は、量子コンピューター(「量子力学」の原理を応用したコンピューターで、少数の量子ビットで複雑な計算を高速で処理できる)と機械学習を組み合わせて、膨大なデータと計算量を必要とする機械学習を効率よく処理する技術です。まだ発展途上のテクノロジーのため、量子機械学習の実用化や高速化の研究が世界中のさまざまな機関で、近年活発に行われています。

商用核融合炉

商用核融合炉は、核融合(軽い原子核が融合して、重い原子核に変わる)反応により発生するエネルギーを、電気などの利用しやすいものに置き換える施設(=核融合炉)のビジネス利用を可能にする、次世代原子力発電所の形態の1つです。従来型の原子力発電所に比べて安全性が高く、廃棄物もほとんど出ないことが特徴です。

商用核融合炉の実現には多くの課題が存在しますが、国家レベルで研究が進行している他、核融合炉による発電への民間投資など、世界中で多様な努力が続いています。

3.まとめ

テクノロジーはデジタル化やグローバル化の進展に伴い、これまでにない速さで絶えず進化をしています。こちらでご紹介した9つの新技術のビジネス導入や参入に際しては、定期的に公表されるGartnerのハイプ・サイクルも判断材料にしながら、適切なタイミングを決定されるとよいでしょう。